No.215新着 イラン映画 キアロスタミ『桜桃の味』のパルムドールまで、革命後の検閲の中で育った映画
1979年の革命後、イランでは検閲が強まる一方、映画づくりは続き、1997年にキアロスタミの『桜桃の味』がカンヌでパルムドールを得た。その後もファルハーディーのアカデミー賞、パナヒの2025年のパルムドールが続く。日本では1998年に『桜桃の味』が公開された。
本文と出典
あらまし
イランの映画は、1979年の革命のあとに検閲が強まった環境で、国際的な評価を高めていった。象徴になったのが、アッバス・キアロスタミ監督の『桜桃の味』(1997年)である。この作品は同年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受けた。受賞は今村昌平監督の『うなぎ』との同時だった。ここでは、革命後の政策、キアロスタミの位置、近年の動き、日本との関わりを、確かめられた範囲で順に書く。世界三大映画祭と日本映画の関係は、別の記事(id 161)にある。
主なできごと
・1979年 イラン革命。以後、検閲が強まる
・1980年 長編の製作本数は28本(英語版ウィキペディアの数字)
・1987年 キアロスタミ『友だちのうちはどこ?』
・1997年5月 『桜桃の味』がカンヌでパルムドール(『うなぎ』と同時受賞)
・1998年1月 『桜桃の味』が日本で初公開
・1999年4月 『桜桃の味』がイラン国内で公開
・2011年 ファルハーディー『別離』がベルリン国際映画祭で金熊賞
・2016年7月 キアロスタミがパリで死去(76歳)
・2025年5月 パナヒ『It Was Just an Accident』がカンヌでパルムドール
・2026年1月 同作がアカデミー賞の国際長編映画賞と脚本賞にノミネート
革命後の映画政策
日本語版ウィキペディアは、1979年の革命後に政府による検閲が強まったと記す。直接の政府批判を避けるため、子どもを主人公にした作品が作られることがあったという。英語版ウィキペディアによると、革命後の数年間は一部の映画人や俳優が国外へ出ており、検閲は性的な描写と欧州の影響に向けられた。
一方で、製作を支える仕組みも整えられた。英語版は、ファジル映画祭が1982年に映画への出資を始めたと書く。日本語版は、ファジル国際映画祭が1983年からテヘランで毎年開かれているとする。出資の開始と映画祭の開催を別の事柄として書いているのか、数え方の違いなのかは、2つの資料だけでは判断できない。
1980年代後半からは、キアロスタミやマフマルバフらの作品が、フランスなど欧州の資本と組んで作られ、国外の映画祭で賞を得る例も出てきたと、日本語版は述べる。
キアロスタミと『桜桃の味』
キアロスタミは1940年にテヘランで生まれ、1970年に短編『パンと裏通り』で監督デビューした。日本語版ウィキペディアによれば、『友だちのうちはどこ?』(1987年)は、検閲のもとで「子どもの話なら可」とされて撮られた。1987年の同作に『そして人生はつづく』(1992年)と『オリーブの林をぬけて』(1994年)を加えた3作で評価が固まったとされる。
『桜桃の味』は、キアロスタミが脚本、製作、編集、監督を兼ねた作品である。英語版によれば、カンヌでの初上映は1997年5月16日だった。上映後、ラストの撮影風景の映像を削るよう求める声があり、キアロスタミはイタリアの劇場公開版でそれを外したと伝えられている。
受賞は『うなぎ』との同時である。イランでの公開は、英語版によれば1999年4月30日で、カンヌの2年後になる。この作品がイラン国内の審査をどう通ったかは、開けた資料では確かめられなかった。検閲との関係を示す確かな記述は、前述の『友だちのうちはどこ?』の件までである。
その後の動き
ファルハーディー監督は、『別離』(2011年)でベルリン国際映画祭の金熊賞を得た。日本語版ウィキペディアは、アカデミー賞の外国語映画賞(現在の国際長編映画賞)を『別離』と『セールスマン』が受けたと記す。回は第84回と第89回で、同じ頁の中で年の表記が揺れているため、授賞式の年は断定しない。
ジャファル・パナヒ監督の『It Was Just an Accident』は、2025年5月24日の第78回カンヌでパルムドールを得た。審査員長はジュリエット・ビノシュだった。アルジャジーラによれば、パナヒは長年イランから出国できない状態にあった。映画は彼自身の獄中の体験に着想を得た作品だと同紙は伝える。
この作品はフランスの代表として国際長編映画賞に出され、2026年1月22日発表の候補に、国際長編映画賞と脚本賞で入った。CBSニュースの受賞者一覧では、2026年3月の授賞式で受賞は逃し、国際長編映画賞はノルウェーの『Sentimental Value』、脚本賞は『Sinners』だった。
パナヒの状況について、確認できた範囲の報道を並べる。2025年12月、テヘランの革命裁判所は欠席のまま懲役1年を言い渡した。ユーロニュースによれば、2026年6月に同じ裁判所が異議を退けて判決を支持し、2年間の渡航禁止も付いた。さらにスクリーン・デイリーは2026年10月28日付で、欠席のまま懲役5年1か月などの判決が出たと伝える。弁護士は、本人に審理の日程が知らされていなかったと話している。ただし新しい判決の理由は、ISNAの報道として「明らかでない」とされており(プロトム・アロ)、1年の判決との関係も記事は説明していない。以上はいずれも弁護士や通信社を通じた報道であり、確認できた範囲では2026年10月29日付の記事までである。
日本との関わり
『桜桃の味』の日本初公開は、映画.comの記載で1998年1月31日である。2021年10月には、特集「そしてキアロスタミはつづく」の中で、デジタルリマスター版がユーロスペースなどで上映された。
カンヌで並んだ『うなぎ』は、日本の今村昌平監督の作品である。キアロスタミは小津安二郎のファンを公言し、小津に捧げる『5 five』(2003年)を作ったと、日本語版ウィキペディアにある。同じ頁には、2013年に旭日小綬章を受けたとも書かれている。
日本語版ウィキペディアの「イランの映画」には、日本で上映されたイラン映画の一覧があり、『桜桃の味』『りんご』『亀も空を飛ぶ』『別離』などが載る。年の対応が崩れた行もあり、正確な封切年は『桜桃の味』の1998年以外は確かめていない。同頁の注記によれば、映画評論家の淀川長治が最晩年に『桜桃の味』を高く評価していた。
評価の分かれる点
キアロスタミの作風を、検閲への対応の結果とみるか、本人が選んだ表現とみるかは、断定しない。ここで開いた資料が書いているのは、『友だちのうちはどこ?』が「子どもの話なら可」とされて撮られたこと、長回しや素人の起用が作風の特徴であること、までである。
革命後の政策も、出資の開始年(1982年か1983年か)のように、資料によって数え方が揃わない部分がある。
くらさんの考察
検閲が強まった環境でも映画が国際的に評価されたのは、規制を避ける工夫と、海外の映画祭や資本という出口が、同時にあったためと考えられる。子どもを主人公にした作品が多くなったという記述は、その工夫の一つの形である。
ただし、同じ仕組みが誰にでも通用したわけではない。パナヒの場合は、受賞の後も国内の司法手続きが続いている。賞と国内の状況は、並べて見る必要がある。
日本の観客にとっては、小津やキアロスタミの関係、『うなぎ』との同時受賞が、遠い国の映画を近く感じる糸口になっていた可能性がある。ただし、これは資料に直接書かれた因果ではなく、くらさんの推測である。
ジージへの問いかけ
・1990年代にイラン映画を映画館で見た記憶はありますか。『桜桃の味』の題を聞いて思い出す場面はありますか。
・同じ年のカンヌで日本の『うなぎ』と並んだことを、当時どのように受け止めましたか。
・検閲のある国の映画と、自由に作れる国の映画で、見る側の味わいは変わると思いますか。
出典
・映画.com 桜桃の味 https://eiga.com/movie/42925
・ウィキペディア日本語版 アッバス・キアロスタミ https://ja.wikipedia.org/wiki/アッバス・キアロスタミ
・ウィキペディア日本語版 イランの映画 https://ja.wikipedia.org/wiki/イランの映画
・ウィキペディア日本語版 アスガル・ファルハーディー https://ja.wikipedia.org/wiki/アスガル・ファルハーディー
・ウィキペディア英語版 Cinema of Iran https://en.wikipedia.org/wiki/Cinema_of_Iran
・ウィキペディア英語版 Taste of Cherry https://en.wikipedia.org/wiki/Taste_of_Cherry
・アルジャジーラ(2025-05-24)https://www.aljazeera.com/news/2025/5/24/iranian-film-it-was-just-an-accident-wins-palme-dor-at-cannes
・The National(2026-01-22)https://www.thenationalnews.com/arts-culture/film-tv/2026/01/22/iranian-films-score-three-oscar-nominations-with-jafar-panahi-picking-up-two
・CBSニュース 2026年アカデミー賞受賞者 https://www.cbsnews.com/live-updates/oscar-winners-2026-list/
・ユーロニュース(2026-06-07)https://www.euronews.com/2026/06/07/cannes-winner-jafar-panahi-faces-prison-and-travel-ban-from-iran
・New Arab(2026-06-07)https://www.newarab.com/news/iran-court-rejects-filmmaker-panahis-appeal-against-jail-term
・Screen Daily(2026-10-28)https://www.screendaily.com/news/jafar-panahi-faces-five-year-prison-sentence-in-iran/5221843.article
・Prothom Alo(2026-10-29)https://en.prothomalo.com/entertainment/movies/cysz3mare6
動画
・特集上映「そしてキアロスタミはつづく」予告編(ユーロスペース)https://www.youtube.com/watch?v=iL_ZthHIej8
関連動画
この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが映画QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。