海外とのつながりこのタグの資料 26 本
- アカデミー賞と日本 名誉賞の時代から『ゴジラ-1.0』、2026年の授賞式まで新着No.162
日本映画のアカデミー賞は、1950年代の名誉賞に始まり、2009年の『おくりびと』、2022年の『ドライブ・マイ・カー』、2024年の『ゴジラ-1.0』などへ続く。2026年3月の第98回の結果も確かめた範囲で記す。
- 世界三大映画祭と日本映画 羅生門から万引き家族まで、受賞の歴史新着No.161
日本映画はヴェネツィア、カンヌ、ベルリンの三つの映画祭で、1950年代から最高賞を受けてきた。確かめられた受賞を年順に並べ、2026年のカンヌまでの動きを確認できた範囲で記す。
- 洋画の日本公開 字幕と吹替、字幕翻訳者、邦画と洋画のシェアの移り変わり新着No.137
日本では洋画は主に字幕で上映され、テレビでは吹替が育った。映連の統計では、洋画の興行シェアは1975年に初めて半分を超え、2002年に72.9%まで上がり、2025年は24.4%である。
- インド映画 『ムトゥ 踊るマハラジャ』から『RRR』まで、日本での受け入れ方新着No.136
インドは言語ごとに映画産業をもつ巨大な国である。日本では1998年に『ムトゥ』が単館上映から広がり、24年間、日本で最も売れたインド映画だった。2022年の『RRR』がそれを上回った。
- 韓国映画の躍進 検閲の撤廃から『パラサイト 半地下の家族』の作品賞まで新着No.135
韓国映画は、1990年代後半に法律と組織を整え、1999年の『シュリ』で国内外に広がった。2019年の『パラサイト 半地下の家族』は、カンヌの最高賞とアカデミー賞作品賞を受けた。確かめられた政策と数字を年順に整理する。
- 香港映画とアジア映画 カンフー、ブルース・リー、ジャッキー・チェン、台湾の新しい波新着No.134
香港映画は1920年代に始まり、1960年代のショウ・ブラザーズ、1970年代のブルース・リー、1978年のジャッキー・チェンの出世作を経て広がった。日本ではジャッキー人気が大きく、台湾ではニューシネマが同じころ生まれた。
- イタリア映画とネオレアリズモ 廃墟の街で、素人を使って撮った戦後新着No.133
ネオレアリズモは、戦後イタリアで1940年代に確立した写実的な映画の動きである。日本には1949年9月以降に作品が相次いで公開され、「ネオリアリズム」の名で紹介された。確かめられた範囲の事実と、わからない点を分けて整理する。
- フランス映画とヌーヴェルヴァーグ 批評家が撮り手になった「新しい波」新着No.132
映画の有料上映が始まったフランスは、1950年代末に「新しい波」と呼ばれる若手監督の動きを生んだ。批評家出身の監督たちが低予算で撮った作品は、日本にも伝わり、松竹の若手監督の売り出しにも使われた。
- ハリウッドの歴史 スタジオが映画を作り、テレビに押され、大作で立て直すまで新着No.131
ハリウッドは、20世紀初めにカリフォルニアの一地区から映画産業の中心になった。スタジオが製作から上映までを握った時代、1948年の判決とテレビによる崩壊、ニューシネマ、大作中心の時代を経て、現在に至る流れを日本との関わりを添えて整理する。
- 是枝裕和 テレビの記録から家族の映画へ進んだ監督新着No.116
是枝裕和はテレビのドキュメンタリーから映画へ進み、1995年の『幻の光』で監督デビューした。2018年の『万引き家族』でカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受けた。
- 北野武 お笑いの人気者が撮った暴力と静けさの映画新着No.115
北野武は1989年の『その男、凶暴につき』で映画監督になり、1997年の『HANA-BI』でヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を受けた。映画監督としての仕事を中心に整理する。
- 溝口健二 一場面を長い一カットで撮った女性映画の巨匠新着No.113
溝口健二は1923年に監督になり、1950年代にヴェネツィアで3年連続の受賞を果たした。長回しを多用する作風で、フランスの批評家にも高く評価された。
- 黒澤明 世界の映画人が師と仰いだ監督新着No.112
黒澤明は1943年に『姿三四郎』で監督になり、『羅生門』でヴェネツィア金獅子賞を受けた。三船敏郎や志村喬と多くの作品を作り、海外の映画人にも影響を与えたとされる。
- 小津安二郎 固定したカメラで家族の別れを撮り続けた監督新着No.111
小津安二郎は松竹で撮影助手から監督になり、1927年から1962年まで撮り続けた。低い位置に据えたほぼ固定のカメラで、親子と家族の別れを描いた。『東京物語』は後年、海外の映画人の投票でも上位に挙がっている。
- 三船敏郎 『世界のミフネ』と呼ばれた、黒澤映画の主役新着No.105
三船敏郎(1920〜1997)は、東宝ニューフェイスから黒澤明作品の主役になり、ヴェネツィア国際映画祭で男優賞を2度受けた。三船プロダクションの設立と閉鎖、海外の仕事、デビューの経緯をめぐる食い違いを整理する。
- ドライブ・マイ・カー(ビターズ・エンド・2021年) 村上春樹の短編が、アカデミー賞国際長編映画賞に届いた新着No.92
濱口竜介監督が村上春樹の短編を映画にした179分の作品。2021年のカンヌ国際映画祭で脚本賞を含む複数の賞を受け、2022年3月27日の第94回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞し、日本映画で初めて作品賞の候補にもなった。
- 万引き家族(ギャガ・2018年) 血のつながらない家族を、カンヌのパルムドールが評価した新着No.90
是枝裕和監督が、貧しい暮らしの中で寄り添う一家を描いた映画。2018年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受け、日本人監督の作品としては1997年の『うなぎ』以来21年ぶりだった。国内の興行は約45.5億円。
- おくりびと(松竹・2008年) 納棺という仕事を、静かな物語にした新着No.89
納棺師という職業を描き、2008年9月13日に公開された滝田洋二郎監督の映画。本木雅弘が青木新門の『納棺夫日記』に感銘を受けたことが企画の出発点になった。2009年のアカデミー賞外国語映画賞を受け、公開から半年後に興行が大きく伸びた。
- Shall we ダンス?(東宝・1996年) 中年男の社交ダンスが、日本アカデミー賞を総なめにした新着No.88
周防正行監督が、社交ダンス教室に通い始めたサラリーマンを描いた映画。1996年1月27日に公開され、第20回日本アカデミー賞で14部門を受賞した。ミラマックスの配給で米国でも公開され、2004年にはハリウッドでリメイクされた。
- 千と千尋の神隠し(東宝・2001年) 十歳の少女のために作られ、日本の興行記録を塗り替えた新着No.87
宮崎駿監督が、スタジオジブリ関係者の十歳前後の少女たちに向けて作った長編アニメ。2001年7月20日に公開され、当時の日本映画の興行記録を更新し、ベルリン国際映画祭の金熊賞とアカデミー賞長編アニメ映画賞を受けた。
- 羅生門(大映・1950年) ヴェネツィア金獅子賞が、日本映画を世界に知らせた新着No.84
1950年8月25日に大映が公開した黒澤明監督の作品。1951年にヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受け、日本映画として初の受賞になった。当時の大映も黒澤も出品を知らなかったとされる。
- ゴジラ(東宝・1954年) 水爆実験の年に生まれた、最初の怪獣映画新着No.83
1954年11月3日に東宝が公開した本多猪四郎監督の特撮映画。第五福竜丸事件の年に企画され、製作費は約1億円、配給収入は1億5214万円だった。アメリカ向けの再編集版も作られた。
- 七人の侍(東宝・1954年) 一年がかりで撮った、野武士と農民の合戦新着No.82
1954年4月26日に東宝が公開した黒澤明監督の時代劇。上映時間207分、製作費は当時の普通の作品の約7本分とされる。複数のカメラで合戦を撮る手法を取り入れ、ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受けた。
- 東京物語(松竹・1953年) 家族が離れていくことを、静かに見つめた新着No.81
1953年11月3日に公開された小津安二郎監督の松竹作品。尾道から東京へ出てきた老夫婦と、子どもたちの暮らしを描く。海外での評価が後から高まり、世界の映画人の投票でも上位に挙がる。
- ホラー 怪談映画から『リング』『呪怨』、ハリウッドのリメイクまで新着No.38
日本のホラーは江戸の怪談と歌舞伎に根を持ち、1959年の『東海道四谷怪談』を経て、1998年の『リング』がJホラーの呼び名を広げた。『呪怨』と合わせてハリウッドでも映画化された。
- 怪獣・特撮 ゴジラの着ぐるみからゴジラ-1.0の視覚効果賞まで新着No.32
1954年の『ゴジラ』は着ぐるみ、ミニチュア、光学合成で作られ、961万人を集めた。大映のガメラを経て、2023年の『ゴジラ-1.0』は日本映画として初めてアカデミー賞の視覚効果賞を受けた。
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