No.209新着 ソ連・ロシア映画とモンタージュ理論 つなぎ方で意味が生まれると考えた人たち
1920年代のソ連では、ショットのつなぎ方こそが映画の意味をつくると考える人たちが現れた。クレショフの実験、エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』、ヴェルトフの記録映画を軸に、その考え方と、日本での上映が戦前の禁止から1967年の一般公開まで遅れた経緯、タルコフスキーと日本の縁を、確かめられる範囲で整理する。
本文と出典
あらまし
モンタージュとは、フランス語で「組み立てる」を意味する語で、映画では編集の技術を指す。個々のショットはそれだけでは中立的な素材にすぎず、つなぎ方によって意味が決まる。現代美術用語辞典(アートスケープ)はこう説明している。この考え方を実験と作品で押し広げたのが、1920年代のソ連の映画人である。この記事では、クレショフ、エイゼンシュテイン、ヴェルトフの三人と、のちに別の道を進んだタルコフスキーを取り上げ、日本との関わりを添える。
主なできごと
・1922年ごろ クレショフが、俳優の無表情なクローズアップに別の映像を続ける実験を行ったとされる
・1925年 エイゼンシュテイン監督『戦艦ポチョムキン』。12月24日にモスクワのボリショイ劇場で上映される
・1926年 『戦艦ポチョムキン』のフィルムが横浜港に届くが、検閲で輸入が禁じられる
・1929年 ヴェルトフ監督『カメラを持った男』
・1932年 『カメラを持った男』が『これがロシヤだ』の題で日本で公開される
・1948年 エイゼンシュテインが死去する
・1958年 ブリュッセル万国博覧会の「世界映画史上の傑作12選」で『戦艦ポチョムキン』が第1位に選ばれる
・1959年 日本で有志による『戦艦ポチョムキン』の自主上映運動が行われる
・1967年10月4日 『戦艦ポチョムキン』が日本で一般公開される(配給はATG)
・1972年 タルコフスキー監督『惑星ソラリス』
くわしく クレショフ効果
ウィキペディアによると、レフ・クレショフ(1899〜1970)は1922年に、全ロシア映画大学の学内実験で、映像の意味が前後の映像との関係で決まることを示したとされる。無表情の俳優イワン・モジューヒンのクローズアップの前にスープ皿、棺の中の遺体、ソファに横たわる女性を置くと、観客はそれぞれ空腹、悲しみ、欲望を読み取ったという。
ただし、この実験の記録には不明な点が多い。英語版ウィキペディアは、実験の映像も写真も残っていないとし、クレショフと弟子のプドフキンで説明が食い違うことも記している。
くわしく エイゼンシュテインと『戦艦ポチョムキン』
セルゲイ・エイゼンシュテイン(1898〜1948)は、1920年代にクレショフの工房に出入りしていた。アートスケープによれば、二つのショットを並べてぶつけ合わせると、どちらにもない第三の新しい意味が生まれるという独自の理論を展開した。コトバンクの辞典記述は、その中心を「芸術は衝突(葛藤)である」という考えと説明する。
『戦艦ポチョムキン』は1905年の水兵の反乱を題材にした。ウィキペディアによれば、当初は1905年の革命を6つの挿話で描く脚本だったが、撮影が遅れたため反乱に絞った。後半の約6分間の「オデッサの階段」は、映画史で最も有名な場面の一つとされる。階段を逃げる群衆と、それを追う軍隊をたたみかける編集で見せ、乳母車が階段を落ちていく場面は多くの映画に引用された。ただし史実としてのオデッサの階段での虐殺は確認されていない、と同じ記事は書いている。
くわしく ヴェルトフの記録映画
ジガ・ヴェルトフ(1896〜1954)は、ニュース映画『キノ・プラウダ』の構成と演出で映画界に入った。ウィキペディアによれば、『カメラを持った男』(1929)は多重露光、ストップモーション、スローモーション、早回しなど当時の先端技法を多用した作品で、彼の映画論の集大成とされる。劇映画を離れ、日常をカメラで記録することを選んだ点で、エイゼンシュテインとは立つ位置が違った。
くわしく 日本での上映
日本では、『戦艦ポチョムキン』は長く見られなかった。ウィキペディアによれば、1926年にフィルムが横浜港に届いたが検閲で輸入が禁じられ、終戦まで上映できなかった。1959年に有志の自主上映運動が起き、1967年にATGの配給で一般公開された。映画.comの作品情報も、日本公開日を1967年10月4日としている。『カメラを持った男』は、これより早く1932年に公開された。
エイゼンシュテイン自身と日本の縁を伝える話もある。ウィキペディアによれば、1928年にモスクワで二代目市川左團次の歌舞伎公演を観て、見得は映画のクローズアップにあたると述べたとされる。漢字の成り立ちがモンタージュ論の着想につながったという説もある。どちらも同じ記事が伝聞の形で書いており、出典が不足しているとの注記も付いている。
くわしく タルコフスキーと日本
アンドレイ・タルコフスキー(1932〜1986)は、長回しで時間の流れを撮ろうとした。英語版ウィキペディアは、編集しない映像は時間をそのまま記録するので、彼は長回しと少ないカットで時間の経過を伝えようとした、と説明している。彼自身の映画論をまとめた本の原題は『Sculpting in Time』である。
日本との縁は深い。ウィキペディアによれば、黒澤明と互いに敬愛し合い、黒澤は『デルス・ウザーラ』の撮影でソ連を訪れた際に歓待を受けた。『惑星ソラリス』では大阪万博の会場での撮影を望んだが許可が下りず、東京の首都高速道路の光景を使った。手塚治虫は『ストーカー』の日本公開時のパンフレットに評を寄せ、武満徹は死後に弦楽合奏曲『ノスタルジア』を捧げた。
なぜ今も語られるのか
モンタージュ理論が語られ続ける理由は、映画の基本を言い切ったことにある。ショットは素材であり、意味はつなぎ方から生まれる。この見方は、映画を見る人にも作る人にも通用する。ブリュッセル万博の1位は、その考え方が1950年代にも高く評価されていたことを示す。日本では、キネマ旬報の1995年の「オールタイムベストテン・世界映画編」で『戦艦ポチョムキン』が6位に入った(ウィキペディアによる)。
評価の分かれる点
クレショフ効果は、後の研究者の評価が分かれている。英語版ウィキペディアによると、プリンスとヘンズリー(1992)は追試で効果を確認できなかった。一方、モッブスら(2006)とバラットら(2016)は、条件を変えた実験で効果を確認したとされる。
エイゼンシュテインの扱いも一様ではなかった。ウィキペディアは、レーニンが絶賛したとされる一方、スターリンの時代には作品の改変や廃棄を迫られ、『イワン雷帝』第2部は1958年まで上映が禁じられたと書く。ソ連の政治と芸術の関係をどう評価するかは立場で異なるため、ここでは事実の列挙にとどめる。
くらさんの考察
日本では、理論が作品より先に知られていた可能性がある。戦前は上映が禁じられ、一般公開は1967年になったからである。映画好きが『戦艦ポチョムキン』を実際に見られたのは、公開から40年あまり後だったと考えられる。ただし、日本の個々の監督への具体的な影響は、今回開いた資料では確かめられなかった。
また、モンタージュ(エイゼンシュテイン)、記録(ヴェルトフ)、長回し(タルコフスキー)という三つの道は、「映画は何を材料に意味をつくるか」という同じ問いへの別々の答えと見ることができる。
ジージへの問いかけ
・ジージが初めて見たソ連映画は何でしたか。『戦艦ポチョムキン』を見られた時代の空気を覚えていますか。
・歌舞伎の見得を、映画のクローズアップにたとえた話をどう思いますか。
・長回しの映画と、細かくつなぐ映画では、どちらが好みでしょうか。
出典
・現代美術用語辞典「モンタージュ」(アートスケープ) https://artscape.jp/dictionary/modern/1198555_1637.html
・エイゼンシテイン(コトバンク) https://kotobank.jp/word/%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A4%E3%83%B3-3229625
・タルコフスキー(コトバンク) https://kotobank.jp/word/%E3%81%9F%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%B5%E3%81%99%E3%81%8D%E3%83%BC-3158268
・戦艦ポチョムキン(映画.com) https://eiga.com/movie/46210/
・戦艦ポチョムキン(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/戦艦ポチョムキン
・セルゲイ・エイゼンシュテイン(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/セルゲイ・エイゼンシュテイン
・ジガ・ヴェルトフ(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/ジガ・ヴェルトフ
・レフ・クレショフ(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/レフ・クレショフ
・クレショフ効果(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/クレショフ効果
・アンドレイ・タルコフスキー(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/アンドレイ・タルコフスキー
・Kuleshov effect(英語版ウィキペディア) https://en.wikipedia.org/wiki/Kuleshov_effect
・Soviet montage theory(英語版ウィキペディア) https://en.wikipedia.org/wiki/Soviet_montage_theory
・Andrei Tarkovsky(英語版ウィキペディア) https://en.wikipedia.org/wiki/Andrei_Tarkovsky
・Sculpting in Time(英語版ウィキペディア) https://en.wikipedia.org/wiki/Sculpting_in_Time
この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが映画QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。