映画史活動写真から配信の時代まで

明治の終わりに活動写真が町にやって来たころから、映画館と配信が並び立つ今まで。時代ごとに1本ずつの記事にしました。 各記事の終わりに「ジージへの問いかけ」があります。読んで浮かんだ疑問は映画QAで答えます。

明治・大正(〜1926)

  1. 大正までの映画 活動写真が町に来て、弁士が語ったNo.1

    日本の映画は1896年の神戸と1897年の大阪の上映から始まり、日本人の撮影、専用の小屋、弁士、旧劇のスターと育った。大正に入ると舞台劇に近い映画を作り替える純映画劇運動が起き、1923年の関東大震災で東京の撮影所が打撃を受けた。

    登録 2026年10月29日 13:38

昭和戦前(1926〜1945)

  1. 昭和戦前の映画 トーキーが来て、国が映画を管理したNo.2

    昭和の前半は、傾向映画から『マダムと女房』に代表されるトーキーへ映画が変わり、PCLから東宝が生まれた時期である。1939年の映画法で製作と配給が許可制になり、戦争末期には映画会社の再編と製作本数の激減が起きた。

    登録 2026年10月29日 13:38

戦後(1945〜1959)

  1. 戦後の映画 占領から黄金期へ、羅生門が世界に出たNo.3

    戦後の日本映画は占領下の検閲と東宝争議から始まり、1951年に『羅生門』がヴェネツィアで金獅子賞を得た。映連の統計では入場者は1958年の約11億2,700万人が最多で、五社の体制もこの時期にできた。

    登録 2026年10月29日 13:38

1960〜70年代

  1. 1960〜70年代の映画 観客が減り、五社が崩れ、新しい作り手が出たNo.4

    映連の統計では、入場者は1960年の約10億人から1970年代末の約1億6,500万人まで落ちた。五社の体制は大映の倒産と日活のロマンポルノ転換で崩れ、東映の実録路線やATG、角川映画が新しい流れを作った。

    登録 2026年10月29日 13:38

1980年代

  1. 1980年代の映画 角川商法とビデオ、そしてナウシカNo.5

    1980年代は角川映画のアイドル路線、レンタルビデオの正式な広がり、アニメ映画の台頭、ミニシアターの誕生が重なった。『風の谷のナウシカ』(1984年)の成功からスタジオジブリが1985年に生まれた。

    登録 2026年10月29日 13:38

1990年代

  1. 1990年代の映画 低迷の底でシネコンが来て、もののけ姫が記録を作ったNo.6

    1990年代前半は入場者とスクリーン数が最低水準まで落ち、日活が会社更生法を申請した。1993年のシネコン登場から潮目が変わり、1997年の『もののけ姫』が配給収入117億6,000万円で邦画の記録を作った。

    登録 2026年10月29日 13:38

2000年以降

  1. 2000年以降の映画 シネコンと製作委員会、コロナ禍を越えて最高の年へNo.7

    2000年以降はシネコンが主流になり、製作委員会方式とアニメ映画の大ヒットが興行を支えた。2020年にコロナ禍で入場者が1億610万人台まで落ち、2025年に映連の統計で興行収入が2,744億円と最高になった。2026年の上半期は、ディズニーの洋画と『名探偵コナン』がけん引している。

    登録 2026年10月29日 13:38