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No.135新着 韓国映画の躍進 検閲の撤廃から『パラサイト 半地下の家族』の作品賞まで

韓国映画は、1990年代後半に法律と組織を整え、1999年の『シュリ』で国内外に広がった。2019年の『パラサイト 半地下の家族』は、カンヌの最高賞とアカデミー賞作品賞を受けた。確かめられた政策と数字を年順に整理する。

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登録日時
2026年10月29日 13:38
出典を確かめた日
2026年10月29日
分野
世界の映画
立場
事実・データ
タグ
洋画新着海外とのつながり新着映画祭新着数字・統計新着
作品・人物
『シュリ』、『パラサイト 半地下の家族』、ポン・ジュノ、釜山国際映画祭
資料の種類
事典・概説
年代
1995年〜2020年

本文と出典

あらまし

韓国映画は、1990年代後半から産業として大きく変わった。その背景にある法律や組織の変化を、ウィキペディアの記述にそって並べる。『パラサイト 半地下の家族』の受賞だけを見ると偶然の成功にみえるが、積み上げた土台がある。

主なできごと

・1966年 スクリーンクォータ制(国産映画の上映義務)が始まる
・1986年 第六次映画法改正で外国映画の直接配給が解禁される
・1995年12月 映画法に代わり映画振興法が制定される
・1996年 釜山国際映画祭が始まる
・1999年2月 第二次映画振興法の改正により、映画振興委員会(KOFIC)が発足する
・1999年 『シュリ』が公開される
・2001年 憲法裁判所の違憲判決で、映画検閲がなくなる
・2006年 政府がスクリーンクォータの縮小を決める。年間73日になる
・2007年 映画館入場料の3%が映画発展基金の財源になる
・2019年 『パラサイト』がカンヌでパルム・ドールを受ける
・2020年 第92回アカデミー賞で作品賞などを受ける

くわしく 政策の流れ

スクリーンクォータは1966年に始まったが、1960〜70年代はほぼ名ばかりだったとされる。1986年に外国映画の直接配給が解禁されると、韓国映画の重要な保護策になった。年間上映日数の5分の2を国産映画に割り当てる規定である。1993年には「スクリーン・クォータ監視団」が置かれた。1998年に金大中大統領の文化政策は「支援はするが、干渉はしない」を原則とした。1999年にKOFICが発足し、官が主導していた振興公社が民間主導の組織に変わった。2006年の縮小後も、2011年以降は国内シェアで韓国映画が外国映画を上回っている。

くわしく 『シュリ』と日本

1999年のカン・ジェギュ監督『シュリ』は、全国で620万人を動員し、『風の丘を越えて/西便制』の韓国映画最高記録を公開から21日で破った。日本でも130万人を動員し、韓国映画の海外輸出の口火を切ったとされる。以後、「韓国型ブロックバスター」と呼ばれる大作が次々に作られた。

くわしく 『パラサイト』の受賞

『パラサイト 半地下の家族』は2019年の第72回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受けた。韓国映画として初めてである。第92回アカデミー賞(2020年)では、作品賞、監督賞、国際長編映画賞、オリジナル脚本賞を受けた。英語以外の映画として初めて作品賞を獲得したとされる。授賞式の年は、資料の本文に直接の記述がなく、一般に知られている年で補った。

日本との関わり

日本から見ると、1999年の『シュリ』は、韓国映画を日本の映画館に定着させる入口になった。カンヌの最高賞は、2018年が日本の『万引き家族』、2019年が韓国の『パラサイト』と、アジアの作品が続いた。アジア映画への注目をさらに広げたと考えられるが、確かめた事実ではない。

くわしく 数字で見る変化

政策の年表を並べると、1995年の映画振興法、1996年の釜山国際映画祭、1999年のKOFIC、2001年の検閲撤廃と、5年ほどのあいだに土台が整っている。『シュリ』の620万人という数字は、その直後の1999年に出た。2006年にスクリーンクォータが年間73日へ縮小されても、2011年以降、国内のシェアで韓国映画が外国映画を上回っている。1986年に外国映画の直接配給が解禁されてから、韓国映画が国内で外国映画を上回るまでには、25年ほどかかったことになる。入場料の3%を基金に回す仕組みは2007年からである。

確かめられなかったこと

1990年代に韓国で行われた日本の大衆文化の開放が、日本公開に与えた影響は、今回の資料に記述がなく、書かない。『パラサイト』の日本での興行収入やポン・ジュノ監督の経歴も、今回は確かめていない。

なぜ今も語られるのか

国が産業を保護しながら、内容には干渉しないという考えを、法律と組織で支えた例だからである。映画政策の議論では、検閲の撤廃と基金の整備がセットで語られる。

評価の分かれる点

スクリーンクォータの評価は分かれる。保護が国産映画の力を育てたという見方がある一方、縮小後に韓国映画のシェアが上がっており、制度がなくても競争力が付いたとも読める。因果は今回の資料では決められない。

くらさんの考察

1999年に民間主導の組織が発足し、2001年に検閲がなくなった順序は、「干渉しない」という原則を実際の制度に落とした流れと考えられる。作品の質と政策の関係については、断定する材料が足りない。

ジージへの問いかけ

・韓国映画を初めて見たのは、何の作品でしたか。
・日本の映画界にも、政策で支えたほうがよいことがあると思いますか。

出典

・韓国映画(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/韓国映画
・カンヌ国際映画祭(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/カンヌ国際映画祭

動画

・アカデミー賞受賞韓国映画「パラサイト」 監督会見(20/02/24)(ANNnewsCH)https://www.youtube.com/watch?v=X-VMFo4Gzvs

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