No.74新着 編集と音楽 映像をつなぎ、音を重ねる仕事
編集は撮影した素材を選んで組み立てる仕事で、フィルムからデジタルに変わった。映画音楽では伊福部昭がゴジラの音を作り、武満徹は邦楽器やテープ音楽を持ち込み、久石譲は宮崎駿や北野武の作品に関わった。
本文と出典
あらまし
撮影が終わった映画は、まだ素材の山にすぎない。これを選び、並べ、つなぐのが編集である。そこへ作曲家が音楽を加える。映画の印象は、この二つの仕事で大きく変わる。ここでは編集の仕組みと、三人の作曲家の仕事を、確かめられた範囲で紹介する。
主なできごと
・1947年 伊福部昭が『銀嶺の果て』で初めて映画音楽を担当する
・1954年 伊福部昭が『ゴジラ』の音楽を担当する
・1962年 武満徹が小林正樹の『切腹』の音楽を担当する
・1964年 武満徹が勅使河原宏の『砂の女』の音楽を担当する
・1983年 久石譲が『風の谷のナウシカ』の漫画版のイメージアルバムを手がける
・1984年 久石譲が『風の谷のナウシカ』の音楽を担当する
・1985年 武満徹が黒澤明の『乱』の音楽を担当する
・1991年 久石譲が北野武の『あの夏、いちばん静かな海。』の音楽を担当する
くわしく 編集の仕事
撮影した素材は「ラッシュ」と呼ばれる。映像と音は別々に録るので、カチンコの位置を目印にして両者を合わせる。そこから編集技師が、監督の指示をまとめた編集の記録などをもとに、伝わりやすい場面を選んでいく。作業は、仮につないだもの、監督の版、最終版という段階を進む。
フィルムの時代は、編集の結果を記録した表に基づいて、撮影したネガを切ってつなぎ、焼き付けて完成させた。ポジフィルムの複製を使うことで、撮影ネガを傷つけずに、自由につなぎ替えを試せた。いまは多くの映画がデジタルで編集され、ポジフィルムを切ってつなぐ作業はほぼ行われない。ネガは光学スキャンでコンピュータに取り込まれる。
編集は、観客が意識しないほどうまくいったと言われる仕事だと、参照した事典は書く。日本の著名な編集技師については、今回は出典を確かめられなかったので触れない。
くわしく 伊福部昭と『ゴジラ』
伊福部昭は1914年に北海道で生まれた。北海道帝国大学で林学を学びながら作曲を続け、1935年に『日本狂詩曲』がチェレプニン賞で第1位を取った。映画音楽は1947年の『銀嶺の果て』が最初で、300本以上を手がけたとされる。
『ゴジラ』(1954年)では、怪獣ごとに繰り返し使う短い旋律を用意し、対決の場面でそれらを組み合わせたという。ゴジラの鳴き声には、コントラバスの弦を駒の近くでこする奏法を使うことを提案した。作曲した「ゴジラのテーマ」が、自身のヴァイオリン協奏曲の管弦楽部分から転用されたという説もあるが、事典はこの点を要検証としている。1991年の『ゴジラvsキングギドラ』で映画音楽に復帰した。2006年に91歳で亡くなった。
くわしく 武満徹と久石譲
武満徹の映画音楽は、小林正樹の『切腹』(1962年)で琵琶と尺八を西洋の弦楽器と並べた。『怪談』(1965年)では、琵琶、尺八、胡弓、三味線、プリペアド・ピアノ(弦に物を挟んだピアノ)を使い、それをテープで加工した。映画の仕事は、変わった楽器や録音の技術を試す場でもあったと、事典は説明する。『切腹』『砂の女』は毎日映画コンクールの音楽賞を受けた。黒澤明の『乱』(1985年)では、黒澤と音楽の考え方で衝突したとされる。
久石譲は、『風の谷のナウシカ』の公開前年の1983年に、漫画版のイメージアルバムを手がけた。事典によると、宮崎駿と高畑勲は、このアルバムを気に入って久石を本編の音楽に起用した。制作中に、コンピュータ音源のフェアライトCMIを使い始めたという。『ナウシカ』から『君たちはどう生きるか』(2023年)まで、宮崎駿の長編アニメ39年分の音楽を担当したと、事典は記す。北野武の作品では、『あの夏、いちばん静かな海。』(1991年)から『Dolls』(2002年)まで7作品を担当した。最初の依頼は、映像の作風から自分への依頼は人違いだと思って一度断ったが、北野が1か月待つと決めたことに心を動かされて引き受けたとされる。『菊次郎の夏』(1999年)の「Summer」は、サブテーマとして書かれた曲を、北野が気に入ってメインテーマにしたという。
なぜ今も語られるのか
音楽は、映画の記憶を呼び戻す手がかりになる。『ゴジラ』や『風の谷のナウシカ』のように、音楽が作品の名と結びついて覚えられている例は多い。
評価の分かれる点
作曲家の仕事の流れは、国や時代、作品で違う。映像を先に見て作る場合も、イメージアルバムのように映像より先に曲を作る場合もある。日本の作曲家の一般的な作業手順(打ち合わせ、録音、仕上げ)を、日本語の信頼できる資料で確かめることはできなかった。そのため本稿では、確かめた個別の事例だけを書いた。
くらさんの考察
久石譲のイメージアルバムのように、映像ができる前に曲が先にあるやり方は、監督と作曲家が作品の方向を早めにそろえる役目を果たしたと考えられる。武満徹のように、映画を実験の場にする作曲家がいた一方、伊福部昭のように、映画の物語に寄り添う音を作った例もある。
ジージへの問いかけ
・『ゴジラ』の音楽を初めて聴いたとき、どんな印象でしたか。
・音楽が印象に残っている映画は何ですか。曲と場面は一緒に思い出せますか。
出典
・映画編集(Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/映画編集
・伊福部昭(Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/伊福部昭
・武満徹(Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/武満徹
・久石譲(Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/久石譲
動画
・映画「ドライブ・マイ・カー」編集担当・山崎梓氏インタビュー。長尺作品でもレスポンスが快適(Avid Japan)https://www.youtube.com/watch?v=m6TVNgp-C9M
関連動画
この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが映画QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。