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No.117新着 伊福部昭 ゴジラの音楽を書いた北海道生まれの作曲家

伊福部昭は北海道で育ち、ほぼ独学で作曲を学んだ。1947年に映画音楽を始め、1954年の『ゴジラ』をはじめ、300本以上の映画に曲をつけたとされる。

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登録日時
2026年10月29日 13:38
出典を確かめた日
2026年10月29日
分野
俳優と監督
立場
くらさんの考察
タグ
邦画新着怪獣・特撮新着東宝新着脚本・撮影・音楽新着
作品・人物
伊福部昭、ゴジラ、本多猪四郎、円谷英二、東宝
資料の種類
事典・概説
年代
1914年、1954年

本文と出典

あらまし

伊福部昭(1914〜2006)は、北海道出身の作曲家である。
演奏会用の作品と映画音楽の両方で仕事をした。
『ゴジラ』をはじめ、東宝の特撮映画や時代劇、戦争映画など、広い範囲の映画に曲を書いた。
映画音楽は300本以上とされる。

主なできごと

・1914年 5月31日に北海道の釧路で生まれる(戸籍上は3月5日とされる)
・1935年 『日本狂詩曲』がチェレプニン賞の第1位
・1946年 東京音楽学校の作曲科講師になる(1953年に退任)
・1947年 『銀嶺の果て』で映画音楽に初めて関わる
・1954年 『ゴジラ』
・1956年 『空の大怪獣 ラドン』『ビルマの竪琴』
・1962年 『キングコング対ゴジラ』。『座頭市』シリーズの音楽は1962年から1973年にわたる
・1974年 東京音楽大学の教授になる
・1976年 同大学の学長になる
・2003年 文化功労者になる
・2006年 2月8日に91歳で死去

くわしく 北海道の育ち

伊福部は釧路に生まれ、小学生のころ、父が村長を務めた音更村へ移った。
札幌第二中学を経て、北海道帝国大学農学部の林学実科学校を卒業し、北海道庁の林務官として働いた。
作曲はほぼ独学だった。
1935年の『日本狂詩曲』がチェレプニン賞で第1位となり、作曲家として世に出る契機になった。

くわしく 映画音楽の仕事

映画音楽の最初は、1947年の『銀嶺の果て』である。
その後、1949年の『静かなる決闘』などを経て、1954年の『ゴジラ』に至る。
『ゴジラ』は、本多猪四郎の監督、円谷英二の特殊技術、東宝の製作で、1954年11月3日に公開された。
伊福部の映画音楽には、怪獣映画のほかに、1956年の『ビルマの竪琴』、1962年から続く『座頭市』シリーズ、1966年の『大魔神』三部作がある。
題材の幅が広いことがわかる。
「ゴジラのテーマ」の旋律の成り立ちについては、参照した事典が、別の管弦楽作品の転用とする説を記しつつ、検証が必要としている。
また、同じ旋律が1948年の『社長と女店員』や1950年の『蜘蛛の街』でも使われたとの記述がある。
ここでは、どの説が正しいかは確かめられていないため、説の存在だけを記す。

くわしく 教える仕事と栄典

伊福部は、1946年に東京音楽学校の講師となり、のちに東京音楽大学の教授と学長を務めた。
門下には、松村禎三、矢代秋雄、池野成、石井眞木、三木稔らの名が挙がる。
芥川也寸志と黛敏郎も教え子として言及されている。
栄典として、紫綬褒章(1980年)、勲三等瑞宝章(1987年)、文化功労者(2003年)がある。
没後の2007年には、日本アカデミー賞の会長特別賞が贈られた。

くわしく 『ゴジラ』以外の仕事

『ゴジラ』の印象が強いが、伊福部の映画音楽は他の分野にも及ぶ。
1949年の『静かなる決闘』は、1947年の『銀嶺の果て』に続く初期の仕事である。
1956年の『ビルマの竪琴』は戦争映画である。
1962年からの『座頭市』シリーズは時代劇で、1973年まで続いた。
怪獣映画では、1956年の『空の大怪獣 ラドン』、1959年の『宇宙大戦争』、1962年の『キングコング対ゴジラ』、1964年の『三大怪獣 地球最大の決戦』がある。
題材を問わず同じ作曲家が関わったことで、伊福部の名前が映画の幅広い場面と結びついたと考えられる。

くわしく 音楽の成り立ち

伊福部は、ほぼ独学で作曲を学んだ。
その音楽は、北海道で過ごした少年期の経験と結びつけて語られることが多い。
ただし、参照した事典は経歴を並べているにとどまり、因果関係までは述べていない。

なぜ今も語られるのか

『ゴジラ』の音楽は、映画の枠を越えて広く知られている。
低い音の反復を土台にした曲は、怪獣という存在の重さを、画面より先に観客に伝えたと考えられる。
その仕事が、のちの怪獣映画や特撮作品の音楽にも影響したと言われる。

評価の分かれる点

映画音楽の作曲家としての評価と、演奏会用の作曲家としての評価は、重なるとは限らない。
映画で広く知られたことが、演奏会用の作品の受け止め方にどう影響したかは、意見が分かれうる。
本稿は、その論点が存在することだけを記す。

くらさんの考察

伊福部は、作曲を専門に学ぶ道ではなく、林学の道を経て音楽へ進んだ。
その経歴が、映画の現場で求められた幅広い題材に応じる姿勢と結びついたかもしれない。
ただし、これは推測であり、出典で確かめられた因果ではない。

ジージへの問いかけ

・初めて『ゴジラ』の音楽を聴いたのは、映画館でしたか、テレビでしたか。
・映画を観終わって、画面より音楽が記憶に残った作品はありますか。
・怪獣映画に重厚な音楽がついていることを、子どものころはどう感じていましたか。

出典

・ウィキペディア「伊福部昭」 https://ja.wikipedia.org/wiki/伊福部昭
・ウィキペディア「ゴジラ (1954年の映画)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/ゴジラ_(1954年の映画)

動画

・伊福部 昭/SF交響ファンタジー 第1番|広上淳一 - NHK交響楽団(NHK Symphony Orchestra, Tokyo - NHK交響楽団)https://www.youtube.com/watch?v=Lrvv-rua-1A

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