東宝このタグの資料 18 本
- 伊福部昭 ゴジラの音楽を書いた北海道生まれの作曲家新着No.117
伊福部昭は北海道で育ち、ほぼ独学で作曲を学んだ。1947年に映画音楽を始め、1954年の『ゴジラ』をはじめ、300本以上の映画に曲をつけたとされる。
- 黒澤明 世界の映画人が師と仰いだ監督新着No.112
黒澤明は1943年に『姿三四郎』で監督になり、『羅生門』でヴェネツィア金獅子賞を受けた。三船敏郎や志村喬と多くの作品を作り、海外の映画人にも影響を与えたとされる。
- 三船敏郎 『世界のミフネ』と呼ばれた、黒澤映画の主役新着No.105
三船敏郎(1920〜1997)は、東宝ニューフェイスから黒澤明作品の主役になり、ヴェネツィア国際映画祭で男優賞を2度受けた。三船プロダクションの設立と閉鎖、海外の仕事、デビューの経緯をめぐる食い違いを整理する。
- 高峰秀子 『子役は大成しない』を破った、五歳から五十五歳までの女優新着No.102
高峰秀子(1924〜2010)は1929年に子役で映画に出はじめ、1979年に引退するまで50年にわたり主演を続けた。『二十四の瞳』『浮雲』などの代表作と、引退後の文筆の仕事、評価の割れる点を整理する。
- 原節子 『永遠の処女』と呼ばれた、小津映画の顔新着No.101
原節子(1920〜2015)は、1935年に日活でデビューし、戦後は小津安二郎作品で看板女優になった。1963年に事実上引退し、理由は語られないまま2015年に亡くなった。ウィキペディアの記述を土台に、その仕事と評価の割れ方をたどる。
- 劇場版「鬼滅の刃」無限列車編(東宝・アニプレックス・2020年) コロナ禍の映画館に、行列が戻った新着No.91
2020年10月16日に公開され、新型コロナで映画館の客足が落ちた時期に、日本の興行収入の歴代首位に立った。最終成績は観客動員2917万人、興行収入404億円(ウィキペディア)。
- Shall we ダンス?(東宝・1996年) 中年男の社交ダンスが、日本アカデミー賞を総なめにした新着No.88
周防正行監督が、社交ダンス教室に通い始めたサラリーマンを描いた映画。1996年1月27日に公開され、第20回日本アカデミー賞で14部門を受賞した。ミラマックスの配給で米国でも公開され、2004年にはハリウッドでリメイクされた。
- 千と千尋の神隠し(東宝・2001年) 十歳の少女のために作られ、日本の興行記録を塗り替えた新着No.87
宮崎駿監督が、スタジオジブリ関係者の十歳前後の少女たちに向けて作った長編アニメ。2001年7月20日に公開され、当時の日本映画の興行記録を更新し、ベルリン国際映画祭の金熊賞とアカデミー賞長編アニメ映画賞を受けた。
- ゴジラ(東宝・1954年) 水爆実験の年に生まれた、最初の怪獣映画新着No.83
1954年11月3日に東宝が公開した本多猪四郎監督の特撮映画。第五福竜丸事件の年に企画され、製作費は約1億円、配給収入は1億5214万円だった。アメリカ向けの再編集版も作られた。
- 七人の侍(東宝・1954年) 一年がかりで撮った、野武士と農民の合戦新着No.82
1954年4月26日に東宝が公開した黒澤明監督の時代劇。上映時間207分、製作費は当時の普通の作品の約7本分とされる。複数のカメラで合戦を撮る手法を取り入れ、ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受けた。
- 角川書店と角川映画 本と映画を組み合わせた宣伝新着No.56
角川春樹は1976年の『犬神家の一族』で映画製作に入り、文庫の宣伝と映画の宣伝を一つにするメディアミックスを日本映画に持ち込んだ。1993年に春樹が角川書店を去り、2002年には大映の映画事業を引き継いだ。
- 大映と新東宝 倒産した二社と、その後の行方新着No.55
大映は1942年の戦時統合で生まれ、永田雅一の下で『羅生門』などを世に出したが、1971年に破産した。新東宝は東宝争議から1947年に生まれ、1961年に倒産した。大映の名は徳間書店を経て、2002年に角川書店へ引き継がれた。
- 東宝 劇場から出発し、特撮とアニメで続く会社新着No.51
東宝は映画会社として生まれたのではなく、東京宝塚劇場という興行会社として1932年に始まった。写真化学研究所(PCL)などと一緒になって製作・配給・興行を一社で行う形ができ、特撮、喜劇シリーズ、アニメ配給で時代ごとに稼ぎ方を変えてきた。
- 喜劇とシリーズ映画 社長シリーズから男はつらいよまで新着No.35
東宝は社長シリーズと駅前シリーズで、松竹は男はつらいよで、同じ顔ぶれの続き物を長く売った。それを可能にしたのは、映画会社が上映館まで握る体制と二本立てだった。
- 怪獣・特撮 ゴジラの着ぐるみからゴジラ-1.0の視覚効果賞まで新着No.32
1954年の『ゴジラ』は着ぐるみ、ミニチュア、光学合成で作られ、961万人を集めた。大映のガメラを経て、2023年の『ゴジラ-1.0』は日本映画として初めてアカデミー賞の視覚効果賞を受けた。
- 2000年以降の映画 シネコンと製作委員会、コロナ禍を越えて最高の年へ新着No.7
2000年以降はシネコンが主流になり、製作委員会方式とアニメ映画の大ヒットが興行を支えた。2020年にコロナ禍で入場者が1億610万人台まで落ち、2025年に映連の統計で興行収入が2,744億円と最高になった。2026年の上半期は、ディズニーの洋画と『名探偵コナン』がけん引している。
- 戦後の映画 占領から黄金期へ、羅生門が世界に出た新着No.3
戦後の日本映画は占領下の検閲と東宝争議から始まり、1951年に『羅生門』がヴェネツィアで金獅子賞を得た。映連の統計では入場者は1958年の約11億2,700万人が最多で、五社の体制もこの時期にできた。
- 昭和戦前の映画 トーキーが来て、国が映画を管理した新着No.2
昭和の前半は、傾向映画から『マダムと女房』に代表されるトーキーへ映画が変わり、PCLから東宝が生まれた時期である。1939年の映画法で製作と配給が許可制になり、戦争末期には映画会社の再編と製作本数の激減が起きた。
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