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No.205新着 国立映画アーカイブ 京橋の火災を越えて、日本映画を残してきた館の歩み

国立映画アーカイブは、1952年に国立近代美術館の映画事業として始まり、1970年にフィルムセンターとして開館し、2018年に独立した。1984年の京橋の火災で外国映画の多くを失った経験が、相模原分館の保存庫づくりにつながった。

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登録日時
2026年10月30日 19:09
出典を確かめた日
2026年10月30日
分野
その他
立場
事実・データ
タグ
邦画新着映画館新着数字・統計新着
作品・人物
国立映画アーカイブ、東京国立近代美術館フィルムセンター、川喜多かしこ、高野悦子、小林富次郎葬儀、羅生門
資料の種類
公的機関の解説
年代
1952年、1970年、1984年、2018年

本文と出典

あらまし

東京・京橋にある国立映画アーカイブは、国が持つ映画の保存と上映の専門機関である。前身は、東京国立近代美術館の一部門だったフィルムセンターだ。
この記事では、その歩みを、設立、火災、保存庫、独立の順にたどる。フィルムをデジタルに替える話は別の記事(フィルムからデジタルへ)で扱ったので、ここでは館そのものの歴史を中心にする。

主なできごと

・1952年 国立近代美術館が設置され、国の機関として初めての映画事業(フィルム・ライブラリー)が始まる
・1969年 東京国立近代美術館に「フィルムセンター」が設置される
・1970年 東京国立近代美術館フィルムセンターが開館する
・1984年 京橋の本館5階から出火し、外国映画フィルムの一部が焼ける
・1986年 相模原分館が竣工する
・1993年 国際フィルムアーカイブ連盟(FIAF)の正会員になる
・2001年 独立行政法人国立美術館の一機関になる
・2018年 独立行政法人国立美術館の6番目の館として、国立映画アーカイブが設立される

くわしく 美術館の一部門から、フィルムセンターへ

国立映画アーカイブの公式サイトの沿革によると、出発点は1952年である。この年の6月に文部省設置法で国立近代美術館が置かれ、その事業の一つとして、国の機関では初めての映画事業が始まった。美術館が開館したのは同じ年の12月で、最初は短編映画の上映からだった。ウィキペディアによれば、場所は京橋の旧日活本社ビルを改装したものだった。
1960年12月には、映画界が「フィルム・ライブラリー助成協議会」を発足させ、この事業を支える活動を始めた。民間の映画会社や関係者が、国の映画事業の後押しに回ったことになる。
その後、1969年4月に東京国立近代美術館の中にフィルムセンターが設置され、1970年に開館した。公式サイトの短い紹介文は、1970年を「機能拡充によるフィルムセンターの開館」の年としている。1969年と1970年の二つの年が出てくるのは、設置と開館を分けて数えているためと考えられる。

くわしく 1984年の火災

1984年9月3日、京橋の本館5階から出火した。公式サイトの沿革は、建物の一部と外国映画フィルムが焼け、約320作品が失われたと記す。ウィキペディアの数字も320作品である。
別の百科事典サイト(サードペディア)は、421作品のうち330作品が焼失したと書き、数字が食い違う。どちらも当館の一次資料ではないため、ここでは「およそ320から330作品」とだけ受け取っておく。
同サイトは、午後2時50分ごろに出火して午後8時半ごろに鎮火したこと、保存庫に窓がなく消火が難しかったこと、消防隊員3人が負傷したが来館者と職員に死傷者はなかったことも伝える。原因については、当時のフィルムに多かったセルロイドの可燃性と保管環境を挙げ、火災の数日前から保存庫の冷房が止まっていたと記す。この原因の記述は、当館の公式ページでは確かめられなかった。
火災のあと、1984年9月18日に、川喜多かしこ氏と高野悦子氏を代表とする「フィルムセンター焼失フィルムのための募金の会」が発足した。サードペディアによれば、10か月で3万人以上から2,700万円を超える寄付が集まり、65作品のプリントの取得や再生につながった。上映は、1985年3月22日に再開された。

くわしく 相模原分館という答え

保存庫の新設は、火災より前から動いていた。公式サイトの沿革では、1981年に、神奈川県相模原市のキャンプ淵野辺返還国有地のうち15,000平方メートルをフィルム保存施設の用地にするよう答申が出ている。火災の翌月、1984年10月19日には、大蔵省から相模原分館の建設用地の所管換を受けた。
分館は設計が芦原義信氏で、1986年1月31日に竣工した。その後、2000年にビネガー・シンドローム(フィルムが酸っぱい臭いを出して傷む劣化)専用の室が加わり、2011年に増築棟、2014年に重要文化財のフィルムを専用に保管する映画保存棟Ⅲが完成した。分館は保存のための施設で、公開スペースはない。

くわしく 失われた日本映画と、見つかる映画

日本映画の戦前の作品は、多くが残っていない。当館の説明では、残存率は1910年代が0.2%、1920年代が4.1%、1930年代が11.7%、1940年代が33%である。この数字は無声映画だけでなく、日本の劇映画全体の年代別の割合を示す。1910年から2015年に公開された日本の劇映画37,233作品のうち、製作年を確かめられた6,728作品(18.1%)が土台になっている。失われた理由として、関東大震災と太平洋戦争の空襲が挙げられている。
見つかった例もある。1910年の『小林富次郎葬儀』は、可燃性の原版が発掘されて国の重要文化財になった。可燃性のフィルムは、国立国会図書館の記事によれば、1950年代ごろまで使われた強い可燃性のフィルムを指す。伊藤大輔監督の『斬人斬馬剣』(1929年)は、傷んだ9.5mmフィルムで見つかり、2003年に35mmプリントとして復元された。
黒澤明監督の『羅生門』(1950年)は原版が失われていたため、現存する最良のプリントをもとにデジタルで復元された。この事業は、2009年度に全米映画批評家協会賞の映画遺産賞を受けた。

くわしく 上映と展示の館として

2018年4月1日、館は独立行政法人国立美術館の6番目の館として国立映画アーカイブになった。それまでの流れには、2001年に国立美術館の一機関になったことと、2003年の懇談会の提言、2004年の検討会の取りまとめがあった。美術館からの独立は、こうした議論の結果である。
京橋の本館には、2階に長瀬記念ホールOZU(310席)、地下1階に小ホール(151席)がある。7階の展示室では、常設展「NFAJコレクションでみる 日本映画の歴史」と企画展を開く。4階の図書室には4万8千冊以上の映画図書がある。2026年秋の企画展は、没後70年の映画監督溝口健二を取り上げ、2026年12月13日まで開かれる(公式サイトの展示ページで確認)。
国際的な位置づけとしては、1989年11月にFIAFにオブザーバーとして加盟し、1993年5月31日に正会員になった。

なぜ今も語られるのか

映画は、作って公開すれば残るものではない。作品が残るかどうかは、誰かがフィルムを集め、適した温度と湿度の保存庫に入れ続けるかにかかっている。
京橋の火災は、集める側にも守りきれない事態が起こりうることを示した。同じ館が、その後に相模原へ保存庫を建て、増築を重ねてきた。この積み重ねが、いま日本の古い映画を観られる土台になっている。

評価の分かれる点

火災の被害の数え方は、資料ごとに異なる。公式サイトの沿革は約320作品で、別の資料は421作品のうち330作品とする。作品数か、フィルムの缶数かによっても数は変わる。
また、1969年と1970年のどちらを「開館」とするかも、資料の書き方に幅がある。ここでは、公式の紹介に従って1970年の開館とし、1969年は設置と書いた。

くらさんの考察

1984年の火災は、設立の経緯を知るうえで見落とせない出来事だったと考えられる。相模原の用地の話は火災の前から動いていたが、火災で保存庫の必要が一般にも知られ、募金という形で多くの人が関わったと考えられる。
今回は確かめられなかった点が残る。可燃性フィルムが一般に使われた終わりの時期、火災の原因(警察の結論とされる記述)、現在の上映プログラムの具体的な内容は、当館の一次資料では確認できなかった。

ジージへの問いかけ

・京橋のフィルムセンターで、古い日本映画の特集を観た記憶はありますか。
・昔の映画のフィルムが、火事や戦争で失われたと聞いて、どう感じますか。
・観たかった映画が、フィルムが残っていないために観られなかったことはありましたか。

出典

・国立映画アーカイブの歴史(国立映画アーカイブ) https://www.nfaj.go.jp/about-nfaj/history/
・国立映画アーカイブ(国立映画アーカイブ) https://www.nfaj.go.jp/about-nfaj/
・施設紹介(国立映画アーカイブ) https://www.nfaj.go.jp/about-nfaj/shisetsu/
・映画保存とフィルムアーカイブの活動の現状に関するQ&A(国立映画アーカイブ) https://www.nfaj.go.jp/research/filmbunka/
・映画保存の現状とアーカイブ活動(国立映画アーカイブ) https://www.nfaj.go.jp/collection/filmbunka/
・展示(国立映画アーカイブ) https://www.nfaj.go.jp/exhibition/
・国立映画アーカイブ(Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/国立映画アーカイブ
・フィルムセンター火災(サードペディア百科事典) http://pedia.3rd-in.co.jp/wiki/フィルムセンター火災
・カナダ国立図書館・文書館、ナイトレートフィルム保存センターを開設(国立国会図書館 カレントアウェアネス・ポータル、2011年6月23日) https://current.ndl.go.jp/car/18478

動画

・映画を残す、映画を活かす。|国立映画アーカイブの活動(国立映画アーカイブ National Film Archive of Japan)https://www.youtube.com/watch?v=3wt61sLTuFE
・映画フィルムの収集・保存・復元|国立映画アーカイブの活動紹介①(国立映画アーカイブ National Film Archive of Japan)https://www.youtube.com/watch?v=LIv5TJBQNxA

関連動画

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