No.206新着 中国映画の歴史 上海の撮影所から第五世代、そして世界最大級の市場まで
中国映画は1905年の『定軍山』から始まり、1930年代の上海で最初の黄金期を迎えた。文化大革命期の停滞を経て、1980年代の第五世代が世界の映画祭で認められ、いまは世界有数の興行市場になっている。確かめられた範囲で、その流れと日本との関わりをたどる。
本文と出典
あらまし
中国映画の歴史は、作る場所、作らせる力、観る人の三つが入れ替わりながら進んできた。
最初の中心は外国人が持ち込んだ映画が上映された上海で、次に国家が映画を宣伝の手段として握り、1980年代に作り手が国際映画祭を通じて世界に知られ、近年は国内の観客数そのものが力になっている。
この記事では、公開されている事典や報道で確かめられた事実を、時代順に並べる。
香港や台湾の映画は別の記事に任せ、中華人民共和国(大陸)の映画に絞る。
主なできごと
・1896年または1897年 上海で初めて映画が上映される(資料により年が異なる)
・1905年 北京で京劇『定軍山』を撮影。最初の中国映画とされる
・1913年 上海で『難夫難妻』が作られる。脚本のある最初の劇映画とされる
・1933年 程歩高『春蚕』。1930年代の左派的な社会派作品の代表
・1937年 日中戦争で上海が占領され、映画人の一部が内陸へ移る
・1949年 中華人民共和国が成立し、映画が国有化される
・1966年ごろからの約10年 文化大革命で、映画製作が大きく止まる
・1984年 陳凱歌『黄色い大地』。第五世代の登場を知らせる
・1988年 張藝謀『紅いコーリャン』がベルリン国際映画祭で金熊賞
・1992年 張藝謀『秋菊の物語』がヴェネツィアで金獅子賞
・1993年 陳凱歌『さらば、わが愛/覇王別姫』がカンヌで最高賞(パルム・ドール)
・2006年 賈樟柯『長江哀歌』がヴェネツィアで金獅子賞
・2017年 映画法が施行される
・2025年 アニメ『哪吒2』が大ヒット
上海で始まった映画と、1930年代の黄金期
コトバンクによれば、中国で初めて映画が上映されたのは1896年である。
ウィキペディアの英語版は、1897年5月の上映を最初としたうえで、1896年の記録は幻灯の上映だったと注記している。
初上映の年は資料で食い違うため、ここでは断定しない。
上映の担い手は上海の租界に暮らす西洋人の興行師が中心だった。
中国人による最初の映画は、1905年に北京の京劇を撮った『定軍山』とされる。
日本語版ウィキペディアは、これを同年11月の作品として挙げている。
1913年には上海で『難夫難妻』が作られ、1920年代には明星影片公司(1922年設立)や天一といった会社が育った。
上海ではアメリカ人の技術者が中国人技術者を教えたという記述もあり、撮影所の土台は外国との接点の中でできていた。
黄金期とされるのは1930年代である。
きっかけは満州事変(1931年)と上海事変(1932年)で、夏衍ら左翼の知識人が映画界に入り、抗日や封建制への批判を扱う社会派作品が生まれた。
程歩高『春蚕』(1933年)、孫瑜『大路』、蔡楚生『漁光曲』(1934年)などが挙がる。
『大路』の公開年は、コトバンクが1934年、ウィキペディア日本語版が1935年としていて、資料により異なる。
一方、国民党政府は左派や抗日色の強い作品に検閲をかけた。
日中戦争が始まった1937年に上海は占領され、一部の映画人は漢口、重慶、延安へ移った。
戦時中の上海では川喜多長政が指揮する中華電影の下に映画界が置かれ、満州では満州映画協会が中国語映画を作っている。
国有化と文化大革命
1949年に中華人民共和国が成立すると、映画は国有化され、社会主義建設を宣伝する手段になった。
王浜・水華『白毛女』(1950年)が代表例である。
1960年代前半には謝晋『舞台姉妹』(1965年)のような作品も作られたが、文化大革命が始まると、それまでの作品は「ブルジョア的」と批判された。
映画人の多くは農村へ送られ、劇映画の製作はほぼ止まった。
主な作品は革命京劇などの映画化で、1970年には革命バレエ『紅色娘子軍』が撮られている。
製作が1972年ごろから再開されたのは、四人組の厳しい管理の下だったという。
第五世代と国際映画祭
文革後の映画界を担ったのは、1956年に開校した北京電影学院で学んだ世代である。
1980年代に登場した監督たちは第五世代と呼ばれる。
陳凱歌が監督し、張藝謀が撮影を担当した『黄色い大地』(1984年)は、香港の映画祭で注目されて世界に知られた。
張藝謀は1987年に『紅いコーリャン』で監督デビューし、翌1988年にベルリンの金熊賞を得た。
その後、『秋菊の物語』(1992年、ヴェネツィア金獅子賞)、『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993年、カンヌのパルム・ドール)と受賞が続いた。
1999年には姜文『鬼子来了』などが出て、賈樟柯ら次の世代は、政府の許可を経ない外国資本の作品で国際映画祭に出る道も取った。
検閲と市場の広がり
1986年に映画産業は国家の電影局の下で、より厳しい管理に置かれたと日本語版ウィキペディアは記す。
コトバンクによれば、1989年の天安門事件の後は思想統制が強まり、大胆な作品の上映が禁じられた。
王兵『無言歌』(2010年)のように、国内で上映されず海外で上映された作品もある。
映画法は2017年3月1日に施行され、理念として「人民と社会主義に奉仕する」ことを掲げている。
外国映画の輸入は、収益を分け合う方式で年に34本までという枠があり、2016年時点では実際にはこれを超えて許可されていた。
観客の側では、英語版ウィキペディアによると、2012年に中国は米国に次ぐ世界第2位の興行市場になった。
総興行収入は2016年に457億元余り、2024年は425億元で、スクリーン数は8万6,300である。
ボックス・オフィス・モージョーは、2025年の中国で最も稼いだ映画を『哪吒2』とし、約22億ドルと載せている。
2025年の年間総額は、報道では約518億元(前年比約2割増)とされるが、国家電影局の公式発表は開けなかったため、確認できた範囲の数字として扱うのが妥当だ。
2026年の通年の数字は、この記事を書いた時点では確認できなかった。
日本との関わり
日本での中国映画の受け入れは、1951年に『白毛女』が日中友好団体の自主上映で観られたことに始まる。
1977年には徳間康快が日本で中国映画祭を開き、1997年まで毎年、計20回続けた。
1978年からは逆に、中国で日本映画祭を開いている。
1982年の『未完の対局』は日中合作で、文革後では最初の合作とされる。
日本では1984年に『黄色い大地』が紹介され、1987年には『芙蓉鎮』『古井戸』『紅いコーリャン』『晩鐘』が公開された。
『黄色い大地』の上映は、シルクロードへの関心が高まった時期と重なっていたという研究もある。
なぜ今も語られるのか
受賞の多くは、検閲のある国内市場の外で生まれている。
同じ国の映画が、宣伝の道具になり、止まり、映画祭で評価され、国内で記録的な興行を生む大作を出すところまで動いた。
流れが一つの方向に進んだわけではなく、統制と開放が何度も入れ替わっている。
評価の分かれる点
黄金期をいつからいつまでと数えるかは、資料により異なる。
日本語版ウィキペディアは1937年の上海占領で終わったとしており、戦争や1949年の政権交代のどこを区切りとするかは、確かめた資料だけでは決めきれない。
第五世代の終わりも、1989年の事件を区切りとする説明があるが、陳凱歌『さらば、わが愛/覇王別姫』は1993年の作品で、その後も同世代の監督は撮り続けた。
どこで線を引くかは、何を基準にするかで変わる。
くらさんの考察
中国映画の歴史は、観客の数と作り手の自由が、同じ向きには動かなかった歴史と考えられる。
1980年代の第五世代は、国内の統制の中で、海外の映画祭という別の評価の場を得て広まった。
一方で2025年の『哪吒2』は、海外の賞ではなく、国内の観客数で記録を作った。
受賞型から市場型へという移り方は、あくまでここで確かめた資料から見た整理であり、個々の作品の評価までは決められない。
ジージへの問いかけ
1980年代に日本で『黄色い大地』や『紅いコーリャン』が公開されたとき、ジージはどんな印象を持ちましたか。
中国映画祭のようなまとめて観られる機会は、当時の映画ファンにとって貴重だったのでしょうか。
上映が国内で許されない作品が海外で評価される事態を、どう考えますか。
出典
・ウィキペディア 中国映画 https://ja.wikipedia.org/wiki/中国映画
・Wikipedia Cinema of China https://en.wikipedia.org/wiki/Cinema_of_China
・AFPBB 中国映画誕生120周年 上海で初の映画街区が開業 https://www.afpbb.com/articles/-/3605976
・China Film Insider China Adopts New Film Law https://chinafilminsider.com/china-adopts-new-film-law-will-impact-imported-co-produced-films/
・Box Office Mojo Chinese Box Office For 2025 https://boxofficemojo.com/year/2025/?area=CN
動画
・映画『さらば、わが愛/覇王別姫 4K』予告編(KADOKAWA映画)https://www.youtube.com/watch?v=n7DfmsKvV_s
関連動画
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