No.102新着 高峰秀子 『子役は大成しない』を破った、五歳から五十五歳までの女優
高峰秀子(1924〜2010)は1929年に子役で映画に出はじめ、1979年に引退するまで50年にわたり主演を続けた。『二十四の瞳』『浮雲』などの代表作と、引退後の文筆の仕事、評価の割れる点を整理する。
本文と出典
あらまし
高峰秀子は1924年3月27日、北海道函館市に生まれた。2010年12月28日、肺がんのため86歳で亡くなっている。1929年に5歳で映画に出て以来、子役、娘役、大人の役と、役の年齢を変えながら映画に出つづけた。1979年に引退を発表し、その後はエッセイの書き手として知られた。ウィキペディアには、子役出身者は大女優になれないというジンクスを破った人として評価されている、と書かれている。
主なできごと
・1929年 松竹蒲田撮影所で、野村芳亭監督『母』の子役オーディションに飛び入りで参加して選ばれる
・1931年 小津安二郎監督『東京の合唱』に出演
・1938年 山本嘉次郎監督『綴方教室』
・1951年 木下惠介監督『カルメン故郷に帰る』。日本初の総天然色映画とされる
・1954年 木下惠介監督『二十四の瞳』。大石久子役
・1955年 成瀬巳喜男監督『浮雲』。幸田ゆき子役
・1965年 『乱れる』でロカルノ国際映画祭最優秀女優賞
・1976年 随筆『わたしの渡世日記』が刊行され、日本エッセイスト・クラブ賞を受ける
・1979年 『衝動殺人 息子よ』の製作途中で引退を発表。これが最後の映画出演
子役から娘役へ
最初の出演は松竹の『母』で、川田芳子が演じる母の娘役だった。オーディションに飛び入りで参加して選ばれたという。小津安二郎の『東京の合唱』では長女役で出ている。戦前には山本嘉次郎監督の『綴方教室』や『馬』に出た。『綴方教室』では正子、『馬』では小野田いねを演じた。子役の可愛らしさだけで終わらず、思春期から成人の役へ移れたことが、その後の長い仕事につながった。
戦後の代表作
1951年の『カルメン故郷に帰る』では、ストリッパーとなって故郷へ戻る女性おきんを演じた。日本初のカラー作品という点でもよく語られる。木下惠介との組み合わせは、1954年の『二十四の瞳』で頂点を迎える。教え子たちとの年月を描いた作品で、高峰は女性教師の大石久子を演じた。1957年の『喜びも悲しみも幾歳月』も木下作品である。
成瀬巳喜男の『浮雲』では、戦後に引き揚げた男との腐れ縁を生きる幸田ゆき子を演じた。この作品でキネマ旬報ベスト・テンの主演女優賞を受けている。1950年代には、『雁』(豊田四郎監督、お玉役)にも出ている。
晩年に近い時期の作品には、『華岡青洲の妻』(1967年・増村保造監督)や『恍惚の人』(1973年・豊田四郎監督)がある。年齢を重ねた役にも広がっていった。
賞と引退
毎日映画コンクールの女優主演賞を1954年、1955年、1957年、1961年に受け、2010年には特別賞を受けている。ブルーリボン賞主演女優賞は1954年。日本アカデミー賞では、1979年の『衝動殺人 息子よ』で優秀主演女優賞を受けた。引退はこの作品の製作の途中で発表した。映画に出て、映画で締めくくったと評されている。
なぜ今も語られるのか
一つは、役の幅である。可憐な娘、職業を持つ女性、耳の聞こえない女性、妾(めかけ)など、さまざまな役を演じ分けたことで知られる。もう一つは、文章である。引退後に『わたしの渡世日記』などの随筆を書き、書き手としても評価された。2014年にキネマ旬報が選んだ「オールタイム・ベスト日本映画男優・女優」の女優部門では1位だった。
著作
引退後の著作として、ウィキペディアは『巴里ひとりある記』(1953年)、『わたしの渡世日記』(1976年刊行の上下巻)、『台所のオーケストラ』(1982年)、『にんげん蚤の市』(1997年)などを挙げている。没後の2013年には、未発表だった随筆を集めた『旅日記 ヨーロッパ二人三脚』も出た。女優として知られた人が、書く仕事でも評価を得たのは、映画の外の世界を持っていたことの表れと考えられる。
評価の分かれる点
今回確かめた範囲では、演技そのものに強い批判があるという記述は見つからなかった。割れるのは、順位のつけ方である。「1位」というのは選んだ雑誌と選者の顔ぶれで変わる。『二十四の瞳』の素朴な先生と、『浮雲』の愛に疲れた女のどちらを代表作とみるかも、人によって違う。比べやすい数字より、役の違いのほうが語る価値は大きいと考えられる。
くらさんの考察
5歳から約50年、一度も途切れずに映画に出た人は珍しい。撮影所の仕組みが戦前から戦後に変わる時期を、そのまま生き抜いたことになる。子役のころから、監督の求めるものを察する力が育ったのではないかと考えられる。引退後に文章へ移れたことも、物事を見る目を磨いていた証ではないか。ただし、この点は本人の随筆を読んで確かめるべき推測である。
ジージへの問いかけ
・『二十四の瞳』は何歳のころに見ましたか。いちばん覚えている場面は何でしょうか。
・同じ人が子役から大人の女優まで出つづけるのを見て、どう感じましたか。
・高峰秀子の文章を読んだことはありますか。
出典
・ウィキペディア「高峰秀子」 https://ja.wikipedia.org/wiki/高峰秀子
動画
・『二十四の瞳』デジタルリマスター 予告篇(松竹シネマPLUSシアター)https://www.youtube.com/watch?v=gKxr41437x4
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