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No.36新着 任侠・実録・アクション 東映任侠、仁義なき戦い、日活アクション、Vシネマ

時代劇が不振になった東映は1963年から任侠映画を量産し、1973年の『仁義なき戦い』が実録路線を開いた。日活は若者向けアクションを経て1971年にロマンポルノへ移り、1989年にVシネマが生まれた。

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登録日時
2026年10月29日 13:38
出典を確かめた日
2026年10月29日
分野
ジャンル
立場
事実・データ
タグ
邦画新着東映新着日活・大映新着監督新着男優新着
作品・人物
鶴田浩二、高倉健、藤純子、深作欣二、菅原文太、石原裕次郎
資料の種類
事典・概説
年代
1960年代、1973年、1989年

本文と出典

あらまし

暴力を扱う映画は、時代ごとに形を変えた。義理人情を描く任侠映画、現実の抗争を描く実録路線、若者向けのアクション映画、そしてビデオ市場向けのVシネマである。この項では、暴力表現の中身には立ち入らず、どの会社がいつ何をしたかを中心に整理する。

主なできごと

・1954年 日活が製作を再開(6月29日、『国定忠治』)
・1956年 石原裕次郎が日活に入社。『太陽の季節』が社会現象に
・1963年 東映『人生劇場 飛車角』が大ヒット。任侠路線が確立
・1964年 東映が任侠路線へ転換
・1971年 日活が8月に一般映画の製作を終え、11月にロマンポルノを始める
・1973年 『仁義なき戦い』が1月13日に公開
・1989年 東映Vシネマが始まる
・1991年 オリジナルビデオ市場が頂点とされる
・2000年 オリジナルビデオの年間製作本数が300本を超える

東映任侠映画の誕生

任侠映画は、日本のヤクザや侠客を題材にした映画で、仁侠映画とも書く。戦前から股旅物などでヤクザを描く作品はあったが、量産されたのは1960年代である。1963年の『人生劇場 飛車角』が大ヒットし、東映が任侠路線を確立した。鶴田浩二、高倉健、藤純子らが主演し、『日本侠客伝』『緋牡丹博徒』『網走番外地』などのシリーズが人気を集めた。
東映京都は、時代劇の不振を受けてヤクザ映画に切り替えたとされる。前の項で見たとおり、東映は1964年に任侠路線へ転換し、時代劇のスタッフの一部はテレビに移った。松竹は、任侠映画のパロディ的な人情喜劇として『男はつらいよ』を生み出したという見方もある。東宝、日活、大映も参入したが、東映ほどの人気は得られなかった。

仁義なき戦いと実録路線

『仁義なき戦い』は1973年1月13日、東映の正月映画第2弾として公開された。監督は深作欣二、脚本は笠原和夫。飯干晃一のノンフィクションを原作とし、広島抗争の当事者である美能幸三が獄中で書いた約700枚の手記をもとにしている。菅原文太が主役の広能昌三を演じた。深作が撮った5作(1973年から1974年)が大河ドラマのようなシリーズとして知られる。
従来の任侠映画が義理人情を重んじる主人公を描いたのに対し、本作は実在の抗争を題材に、ヤクザを現実の暴力団として殺伐と描いた。実録物の先駆けとされ、義理人情を描く任侠映画は衰退していった。キネマ旬報の「映画人が選ぶオールタイム・ベスト100 日本映画篇」(1999年)で第8位、「オールタイム・ベスト映画遺産200 日本映画篇」(2009年)で第5位に選ばれている。

日活アクションの時代

日活は1954年に製作を再開し、1956年に石原裕次郎が入社した。石原慎太郎原作の『太陽の季節』が社会現象になり、日活は若者向けの低予算アクション映画の路線に転換した。石原裕次郎と小林旭は日活の二大スターとされ、1961年には赤木圭一郎が撮影所内の事故で重傷を負い、2月21日に亡くなっている。
1960年代半ばから業績が悪化し、1968年には「日活ニューアクション」路線で新人監督を多く起用したが、下降は止まらなかった。日活は1971年8月に『八月の濡れた砂』『不良少女 魔子』を最後に一般映画の製作を終え、11月から成人映画の「日活ロマンポルノ」を始めた。第1弾は『色暦大奥秘話』である。

Vシネマの誕生

1980年代半ばにレンタルビデオが急成長し、劇場に掛けずビデオ店へ直接売る作品の需要が生まれた。1985年の東芝映像ソフト『若者気分の基礎知識』が、レンタル市場向けに作られた最初のビデオムービーとされる。1989年に東映映画制作部が製作し、東映ビデオが販売する「東映Vシネマ」が、オリジナルビデオ市場を確立したとされる。1990年に日活が「Vフィーチャー」、松竹が「SHVシネマ」を始め、1991年には21社から約150タイトルが出て、頂点の年ともいわれる。
製作費は低く、3000万円から4000万円ほどで映画づくりに参入できた。「Vシネマ」は東映ビデオの登録商標だが、事実上オリジナルビデオの代名詞として広まった。1990年代後半から濫作で売上が落ち、2002年ごろにDVDへ移行し、2010年代後半にはレンタル市場の縮小とネット配信の普及が進んだ。
ヤクザ映画そのものは、暴力団対策法や暴排条例の影響で製作が減った。近年は『孤狼の血』『ヤクザと家族 The Family』が作られ、注目を集めている。

評価の分かれる点

『仁義なき戦い』には、評価と批判の両方がある。海外では優れたバイオレンス映画として評価され、国内では日本映画の名作に挙げられる。一方で、娯楽性を優先してヤクザを魅力的に描き、犯罪者を美化しているという批判がある。Vシネマの起点も、1985年の『若者気分の基礎知識』と、1989年の東映Vシネマのどちらを重く見るかで、説明が分かれる。

くらさんの考察

時代劇、任侠、実録、Vシネマという推移は、東映が同じ撮影所と同じ観客層の需要を追って題材を替えた結果と読める。映画館で売れる型が一度きりで尽きたとき、次の型へ移るか、売る場所を替えるかを選んできた、と考えられる。ただし、1960年代の任侠ブームの中心にいた観客の層は、手元の資料では確かめられなかった。

ジージへの問いかけ

・東映の任侠映画や『仁義なき戦い』を、どんな場所で、誰と見に行きましたか。
・日活の石原裕次郎や小林旭の映画は、当時の若者にどう映っていましたか。
・レンタルビデオ店でVシネマを借りたことはありましたか。

出典

・任侠映画(ヤクザ映画)(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/任侠映画
・仁義なき戦い(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/仁義なき戦い
・日活(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/日活
・Vシネマ(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/Vシネマ
・時代劇(ウィキペディア) https://ja.wikipedia.org/wiki/時代劇

動画

・【予告編】仁義なき戦い(東映シアターオンライン)https://www.youtube.com/watch?v=QA-ylAqoFTA
・【予告編】昭和残侠伝(東映シアターオンライン)https://www.youtube.com/watch?v=oFjQc4u8Znk

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