日活・大映このタグの資料 10 本

  1. 羅生門(大映・1950年) ヴェネツィア金獅子賞が、日本映画を世界に知らせた新着No.84

    1950年8月25日に大映が公開した黒澤明監督の作品。1951年にヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受け、日本映画として初の受賞になった。当時の大映も黒澤も出品を知らなかったとされる。

  2. 大映と新東宝 倒産した二社と、その後の行方新着No.55

    大映は1942年の戦時統合で生まれ、永田雅一の下で『羅生門』などを世に出したが、1971年に破産した。新東宝は東宝争議から1947年に生まれ、1961年に倒産した。大映の名は徳間書店を経て、2002年に角川書店へ引き継がれた。

  3. 日活 創立1912年、石原裕次郎からロマンポルノへ新着No.54

    日活は1912年に4社の合併で生まれた日本で最も古い映画会社の一つである。戦時に製作部門を失い、1954年に製作を再開して石原裕次郎の青春映画で伸びたが、1971年からはロマンポルノで生き延びた。会社更生を経て、今は日本テレビとスカパーJSATが主な株主である。

  4. 青春・アイドル・恋愛映画 太陽族から角川映画、少女漫画原作まで新着No.37

    1956年の太陽族映画は映倫の見直しまで招いた。1976年に始まる角川映画は本と映画と音楽を組み合わせ、アイドルを育てた。2010年代の少女漫画原作は量産され、ノベル原作へ軸が移った。

  5. 任侠・実録・アクション 東映任侠、仁義なき戦い、日活アクション、Vシネマ新着No.36

    時代劇が不振になった東映は1963年から任侠映画を量産し、1973年の『仁義なき戦い』が実録路線を開いた。日活は若者向けアクションを経て1971年にロマンポルノへ移り、1989年にVシネマが生まれた。

  6. 怪獣・特撮 ゴジラの着ぐるみからゴジラ-1.0の視覚効果賞まで新着No.32

    1954年の『ゴジラ』は着ぐるみ、ミニチュア、光学合成で作られ、961万人を集めた。大映のガメラを経て、2023年の『ゴジラ-1.0』は日本映画として初めてアカデミー賞の視覚効果賞を受けた。

  7. 1960〜70年代の映画 観客が減り、五社が崩れ、新しい作り手が出た新着No.4

    映連の統計では、入場者は1960年の約10億人から1970年代末の約1億6,500万人まで落ちた。五社の体制は大映の倒産と日活のロマンポルノ転換で崩れ、東映の実録路線やATG、角川映画が新しい流れを作った。

  8. 戦後の映画 占領から黄金期へ、羅生門が世界に出た新着No.3

    戦後の日本映画は占領下の検閲と東宝争議から始まり、1951年に『羅生門』がヴェネツィアで金獅子賞を得た。映連の統計では入場者は1958年の約11億2,700万人が最多で、五社の体制もこの時期にできた。

  9. 昭和戦前の映画 トーキーが来て、国が映画を管理した新着No.2

    昭和の前半は、傾向映画から『マダムと女房』に代表されるトーキーへ映画が変わり、PCLから東宝が生まれた時期である。1939年の映画法で製作と配給が許可制になり、戦争末期には映画会社の再編と製作本数の激減が起きた。

  10. 大正までの映画 活動写真が町に来て、弁士が語った新着No.1

    日本の映画は1896年の神戸と1897年の大阪の上映から始まり、日本人の撮影、専用の小屋、弁士、旧劇のスターと育った。大正に入ると舞台劇に近い映画を作り替える純映画劇運動が起き、1923年の関東大震災で東京の撮影所が打撃を受けた。

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