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No.51新着 東宝 劇場から出発し、特撮とアニメで続く会社

東宝は映画会社として生まれたのではなく、東京宝塚劇場という興行会社として1932年に始まった。写真化学研究所(PCL)などと一緒になって製作・配給・興行を一社で行う形ができ、特撮、喜劇シリーズ、アニメ配給で時代ごとに稼ぎ方を変えてきた。

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登録日時
2026年10月29日 13:38
出典を確かめた日
2026年10月29日
分野
映画会社と業界
立場
くらさんの考察
タグ
邦画新着東宝新着怪獣・特撮新着映画館新着アニメ映画新着
作品・人物
小林一三、円谷英二、ゴジラ、森繁久彌、ドラえもん
資料の種類
事典・概説
年代
1932年、1950年代、2020年代

本文と出典

あらまし

東宝は、映画の撮影所から出発した会社ではない。1932年8月12日に小林一三が株式会社東京宝塚劇場を設立したのが始まりで、もとは演劇と映画の興行が中心だった。映画づくりはその後に加わった。製作、配給、映画館、舞台までを一社で持つ形は、後から組み上がったものである。

主なできごと

・1931年 写真化学研究所(PCL)が創設される。トーキー技術の開発が目的
・1932年 小林一三が株式会社東京宝塚劇場(現・東宝)を設立
・1937年 PCLが関連会社のJ.O.スタヂオと合併し、東宝映画となる
・1943年 東宝映画を合併し、12月10日に社名を東宝とする
・1954年 『ゴジラ』公開
・1956年 『へそくり社長』(1月3日公開)で社長シリーズが始まる
・1957年 「東宝スコープ」を採用
・1980年 『ドラえもん のび太の恐竜』が大ヒット。東宝は初めて年間配収100億円を記録
・2003年 ヴァージン・シネマズ・ジャパンを買収
・2006年 映画興行がTOHOシネマズに集約され、直営館がなくなる
・2013年 アニメ事業室(TOHO animation)を新設
・2024年 米国の配給会社GKIDSの株式を取得

劇場から映画会社へ

会社の骨格は、1930年代の合併でできた。PCLは1931年にトーキー(音の出る映画)の技術開発を目的に作られ、1937年にJ.O.スタヂオと合併して東宝映画になった。それを1943年に東宝が合併し、同年12月に社名を東宝に改めている。劇場の会社が、撮影所を持つ映画会社を取り込んだ順番である。

特撮と喜劇シリーズ

円谷英二が特撮を手がけた『ゴジラ』(1954年)や『モスラ』(1961年)は、東宝の看板になった。1957年からは「東宝スコープ」を採用し、特撮を含む多くの作品が作られた。
一方で、1956年に始まった社長シリーズは、森繁久彌が主演した喜劇である。1970年2月公開の『続・社長学ABC』まで、番号のついた本編は全33作ある。源流は源氏鶏太原作の『三等重役』(1952年)とされる。同じ時期の駅前シリーズにも森繁は出ており、東宝の興行を支えたと述べる資料がある。子ども向けには1969年から1978年まで「東宝チャンピオンまつり」を上映した。

映画館とアニメ

2003年のヴァージン・シネマズ買収で、東宝はシネコン(複数のスクリーンを持つ映画館)の市場に本格的に入った。2006年10月1日にグループの映画興行がTOHOシネマズに集約され、東宝本体の直営館はなくなった。
アニメでは、1980年の『ドラえもん』第1作が初の年間配収100億円につながった。1988年に『火垂るの墓』と『となりのトトロ』の二本立てでジブリ作品を初めて配給したが、配収は5億円強にとどまった。2013年にアニメ事業室を置き、2023年12月には小中規模館向けのレーベル「TOHO NEXT」を発表している。ウィキペディアは、2025年の配給ラインナップの3分の2がアニメだとし、同年は『国宝』や『劇場版「鬼滅の刃」無限城編』などの配給で、国内配給大手4社の映画総興行収入の58.5%を占めたと記す。

なぜ今も強いのか

製作、配給、映画館のうち、東宝は時代ごとに重心を移してきた。戦前は劇場と撮影所の合体、昭和の中ごろは特撮と喜劇のシリーズ、現在はアニメの配給である。直営館を手放した後も、配給の強さは続いている。日本映画の年間興収を押し上げるのがアニメである以上、アニメの配給を握る会社が強くなるのは自然な流れだと考えられる。

ジブリとの付き合い

東宝とジブリの関係は、最初から固い結びつきだったわけではない。1988年の二本立ての後、1989年の『魔女の宅急便』は東映の配給で大ヒットしている。1990年代に『おもひでぽろぽろ』が東宝配給に戻り、以後の関係が強まったとされる。映画館についても、ウィキペディアは2019年時点でスクリーン数の第1位はイオンシネマとしており、TOHOシネマズがずっと首位だったわけではない。

評価の分かれる点

2025年の「58.5%」という数字は、ウィキペディアの記述であり、算出の範囲(興収の対象期間、大手4社の定義)は今回確かめられていない。1980年の「初の配収100億円」も、同じ資料による。東宝の公式資料での再確認が必要である。

くらさんの考察

東宝の歴史を見ると、撮影所の名人芸よりも、劇場や映画館という「客を集める場所」を持つ強みが一貫している。ゴジラも社長シリーズもドラえもんも、毎年観客が来る定番を育てる点で共通すると考えられる。

ジージへの問いかけ

・子どものころ、東宝の怪獣映画や社長シリーズを映画館で見た記憶はありますか。
・昔の東宝と、今のアニメ中心の東宝とで、映画館の雰囲気は変わったと思いますか。

出典

・ウィキペディア「東宝」 https://ja.wikipedia.org/wiki/東宝
・ウィキペディア「社長シリーズ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/社長シリーズ

動画

・東宝スタジオ プロモーションビデオ「TOHO STUDIOS」【日本語版】(TOHO STUDIOS OFFICIAL)https://www.youtube.com/watch?v=9O-pRxszOUE

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