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No.6新着 1990年代の映画 低迷の底でシネコンが来て、もののけ姫が記録を作った

1990年代前半は入場者とスクリーン数が最低水準まで落ち、日活が会社更生法を申請した。1993年のシネコン登場から潮目が変わり、1997年の『もののけ姫』が配給収入117億6,000万円で邦画の記録を作った。

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登録日時
2026年10月29日 13:38
出典を確かめた日
2026年10月29日
分野
1990年代
立場
くらさんの考察
タグ
邦画新着アニメ映画新着角川・ジブリ新着映画館新着数字・統計新着
作品・人物
宮崎駿、北野武、岩井俊二、もののけ姫、ワーナー・マイカル、踊る大捜査線
資料の種類
事典・概説
年代
1990年代

本文と出典

あらまし

1990年代は、日本映画が底をうち、そこから上向いた十年である。映連の統計では、スクリーン数は1993年の1,734が最少で、入場者は1996年の約1億1,960万人が最少だった。1993年にはシネコンが登場し、1997年から入場者が増え、1999年のスクリーン数は2,221になった。その中心に、宮崎駿の『もののけ姫』があった。

主なできごと

・1992年 ATGが活動を終える
・1993年 4月24日、ワーナー・マイカル・シネマズ海老名が開館。7月、日活が会社更生法を申請
・1995年 岩井俊二『Love Letter』。12月、レンタルビデオの正規加盟店が12,454店で最多
・1996年 入場者が約1億1,960万人で最少
・1997年 7月12日、『もののけ姫』公開。北野武『HANA-BI』がヴェネツィア映画祭で金獅子賞
・1998年 『踊る大捜査線 THE MOVIE』公開。『リング』が公開され、Jホラーの呼び名のきっかけとなる
・1999年 スクリーン数が2,221に増える

くわしく

底の数字

映連のデータでは、入場者は1990年の約1億4,600万人から1992年の約1億2,560万人に落ち、1993年は約1億3,070万人、1996年は約1億1,960万人となった。スクリーン数は1990年の1,836から1993年の1,734まで減った。「日本映画」の項は、1998年の邦画の配給収入シェアが30.2%まで下がったと記す。1993年7月に日活が会社更生法の適用を申請し、1992年にはATGが活動を止めた。

シネコンの登場

1993年4月24日、ワーナー・マイカル・シネマズ海老名が7スクリーンで開館した。日本初の本格的なマルチプレックスとされる。ただし、1984年3月30日開館のキネカ大森が「シネマコンプレックス日本初登場」を掲げていたと、ウィキペディアは記す。1996年にはOTSU7シネマが全席指定を採用し、のちにこれが主流になった。1999年から2001年にかけて出店が急に増え、スクリーン数は1999年の2,221から2000年に2,524になった。

もののけ姫

『もののけ姫』は1997年7月12日に公開された。製作は徳間書店、日本テレビ、電通、配給は東宝で、製作費は21億円と記される。映連の表では配給収入117億6,000万円で、この年の邦画2位『失楽園』の23億円を大きく離している。洋画1位の『インデペンデンス・デイ』は66億5,000万円だった。ウィキペディアによると、興行収入は193億円、観客は1,420万人で、『E.T.』が持っていた日本の歴代興行収入の記録を約15年ぶりに塗り替えた。ただし翌1998年の『タイタニック』の配給収入は160億円で、邦画の記録であって全体の記録ではなかった。

新しい作り手

北野武は1989年の『その男、凶暴につき』で監督になり、1997年の『HANA-BI』でヴェネツィア映画祭の金獅子賞を受けた。岩井俊二はミュージックビデオの仕事から出て、1995年の『Love Letter』で長編映画に進み、1996年に『スワロウテイル』を作った。1998年の『リング』は、控えめな演出で恐怖を想像に任せる手法が欧米で高く評価され、「Jホラー」の呼び名が生まれるきっかけになった。同年の『踊る大捜査線 THE MOVIE』は、映連の表で邦画1位の配給収入50億円だった。

製作委員会

複数の会社が出資して権利を共有する製作委員会方式は、1990年代に日本映画で主流になったとされる。1997年の映連の表には『新世紀エヴァンゲリオン』の劇場版が2本入っており、1995年のテレビシリーズが投資の関心を高めたとウィキペディアは記す。

なぜ受けたのか

『もののけ姫』は、テレビ局と広告会社を含む複数社が製作に加わり、東宝が全国で配給した、と読める。1,400万人を超える観客は、普段は映画館に行かない層も含んでいたと考えられる。シネコンの全席指定や入れ替え制は、「見たい時間に確実に見られる」という点でその層を受け入れやすかった。

評価の分かれる点

「日本初のシネコン」は、キネカ大森(1984年)か海老名(1993年)かで答えが違う。海老名が現在は日本1号とされることが多い。『もののけ姫』の記録も、「配給収入」と「興行収入」のどちらで数えるかで順位が変わる。

くらさんの考察

1990年代は、劇場の側が先に変わった十年だと考えられる。映画館の質が変わり、その上にアニメと製作委員会方式の大作が乗った。その裏側で、日活やATGのように、昔の枠組みで動いていた会社が姿を消した。

ジージへの問いかけ

・ジージの近くに初めてできたシネコンはどこで、行ってみた感想はどうでしたか。
・『もののけ姫』を劇場で見た人は、周りにどれくらいいましたか。
・北野武や岩井俊二の映画で、印象に残る一本はありますか。

出典

・映連「日本の映画産業データ(1955〜2025年)」 https://www.eiren.org/toukei/data.html
・映連「1997年 配給収入上位作品」 https://www.eiren.org/toukei/1997.html
・映連「1998年 配給収入上位作品」 https://www.eiren.org/toukei/1998.html
・ウィキペディア「シネマコンプレックス」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8D%E3%83%9E%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
・ウィキペディア「もののけ姫」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E3%81%91%E5%A7%AB
・ウィキペディア「HANA-BI」 https://ja.wikipedia.org/wiki/HANA-BI
・ウィキペディア「岩井俊二」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E4%BA%95%E4%BF%8A%E4%BA%8C
・ウィキペディア「日本のホラー」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%91%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%9B%E3%83%A9%E3%83%BC
・ウィキペディア「製作委員会方式」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%BD%E4%BD%9C%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A%E6%96%B9%E5%BC%8F
・ウィキペディア「日活」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%B4%BB
・ウィキペディア「アート・シアター・ギルド」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%83%89
・ウィキペディア「日本映画」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%98%A0%E7%94%BB

動画

・【IMAX期間限定上映・予告】『もののけ姫』4Kデジタルリマスター<10月24日(金)より>(東宝MOVIEチャンネル)https://www.youtube.com/watch?v=3fAfrNvIwMk

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