No.81新着 東京物語(松竹・1953年) 家族が離れていくことを、静かに見つめた
1953年11月3日に公開された小津安二郎監督の松竹作品。尾道から東京へ出てきた老夫婦と、子どもたちの暮らしを描く。海外での評価が後から高まり、世界の映画人の投票でも上位に挙がる。
本文と出典
あらまし
『東京物語』は1953年11月3日に松竹が公開した白黒の劇映画である。監督は小津安二郎、脚本は野田高梧と小津、撮影は厚田雄春、音楽は斎藤高順が担った。主な出演は笠智衆、原節子、東山千栄子、香川京子、杉村春子、山村聡。上映時間は136分。
広島県の尾道から東京へ出てきた老いた夫婦が、成長した子どもたちを訪ねる。子どもたちは忙しく、親は少しずつ居場所を失っていく。大きな事件は起きない。家族の距離が静かに開いていくさまが、物語の中心である。
主なできごと
・1953年2月 小津と野田高梧が茅ヶ崎館で構想を練りはじめる
・1953年4月8日 脚本の執筆に入る
・1953年5月28日 脚本が脱稿する
・1953年11月3日 松竹が公開する
・1957年 ロンドンで海外初公開
・1958年 第1回サザーランド杯を受賞
・1972年 ニューヨークで公開される
・2012年 英国映画協会の雑誌『Sight & Sound』の投票で、映画監督の部門の第1位、批評家の部門の第3位になる
くわしく 生まれたいきさつ
脚本づくりは、小津と野田が茅ヶ崎館にこもって進めた。ウィキペディアによれば、物語はレオ・マッケリー監督のアメリカ映画『明日は来らず』(1937年)を下敷きにしている。外国の物語を、日本の家族の話に置き換えた形だ。
舞台が尾道になった理由として、東京からの距離が物語に合っていたこと、東北への関心が薄く西日本のほうが自然だったことなどが挙げられている。志賀直哉の『暗夜行路』の舞台であったことも背景とされる。尾道の言葉は、テープレコーダーを使って指導した。
くわしく 撮影の工夫
この作品は、カメラを低い位置に据えて人物を撮る「ロー・ポジション」を多用し、カメラを固定して場面を重ねる。こうした小津独自の演出は「小津調」と呼ばれる。ウィキペディアは、ロー・ポジションを、角度をつけて見上げるロー・アングルとは別のものとして説明している。カメラを低くして、角度はわずかに上げるだけの手法だという。畳に座る暮らしの目線に近い高さである。
なぜ今も語られるのか
公開当時の配給収入は1億3165万円で、1953年度の邦画では第8位だった。大当たりとは言えない数字である。その後、評価は国内外で積み上がった。
海外初公開は1957年のロンドンで、翌年の第1回サザーランド杯が、小津作品が海外で注目されるきっかけになったとされる。1972年にはニューヨークで公開され、アメリカの批評家からも賞賛を受けた。
国内では、1995年と2009年の日本映画のオールタイム・ベストで1位になった。BBCが1995年に選んだ「21世紀に残したい映画100本」にも入っている。2012年の『Sight & Sound』の投票では、映画監督が選ぶ部門で第1位に挙がった。現役の作り手が支持してきた作品だと言える。
評価の分かれる点
評価は総じて高いが、すべてが賛辞ではない。映画監督の大林宣彦は、尾道の住民から「あんなバカな映画があるか」という声を聞いたと語っている。方言や家族の話し方が、土地の実際と合わないという指摘につながる話である。
また、2020年のコラムには、イメージ以上に厳しい映画だと感じる一方で、窮屈にも感じたという見方が紹介されている。
なお、公開年のキネマ旬報ベスト・テンの順位は、ウィキペディアの本文で第2位、表で第3位と記述が食い違う。本稿では順位を断定しない。
くわしく 受け止めと数字の読み方
配給収入1億3165万円という数字は、1953年度の邦画の第8位にあたる。公開年のキネマ旬報ベスト・テンでは上位に入っており、当時から評価されていなかったわけではない。ただ、後年に語られる「世界の頂点」という位置づけとは、同じ重さではなかった。
国内の後年の評価は、1995年の日本映画オールタイム・ベストテン、2009年の日本映画篇のいずれも1位である。海外のRotten Tomatoesでは、51件の批評で支持率100%、平均9.3点と記されている。評価の物差しが違っても、高い位置に並ぶ作品である。
くらさんの考察
この映画が長く語られる理由は、特定の家族の話でありながら、どの国の観客も自分の親や子を思い出せる形に整えてあるところにあると考えられる。下敷きになった外国映画の物語を、国を越えて通じる話にしたという説明とも合う。
一方で、公開当時は興行で突出しなかった。名作という評価は、公開の時点で決まっていたのではなく、あとから積み上げられたものである。映画の評価は時間をかけて動く、という例として読める。
ジージへの問いかけ
・1953年ごろ、親が子どもの家を訪ねて居づらさを感じるという話は、身近にありましたか。
・低い位置から人を見る画面は、当時の映画館で見て、ほかの映画と違って感じましたか。
・公開当時はそれほど話題にならなかった映画が、後で評価される例を、ほかにも思いつきますか。
出典
・ウィキペディア「東京物語」 https://ja.wikipedia.org/wiki/東京物語
動画
・『東京物語 ニューデジタルリマスター』予告編(松竹チャンネル/SHOCHIKUch)https://www.youtube.com/watch?v=ih7usk8w2NY
関連動画
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