No.82新着 七人の侍(東宝・1954年) 一年がかりで撮った、野武士と農民の合戦
1954年4月26日に東宝が公開した黒澤明監督の時代劇。上映時間207分、製作費は当時の普通の作品の約7本分とされる。複数のカメラで合戦を撮る手法を取り入れ、ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受けた。
本文と出典
あらまし
『七人の侍』は、1954年4月26日に東宝が公開した白黒の時代劇である。監督は黒澤明、脚本は黒澤、橋本忍、小国英雄、製作は本木荘二郎、撮影は中井朝一、音楽は早坂文雄。主演は三船敏郎と志村喬。上映時間は207分に及ぶ。
野武士に襲われる村の百姓が、浪人の侍を雇って村を守る。侍を集める前半と、戦いの後半に分かれ、侍の側にも百姓の側にも人間を描いている。
主なできごと
・1952年 黒澤が『生きる』の撮影中に「本物の時代劇」を構想する
・1952年12月 熱海の旅館で脚本の執筆が始まる
・1953年5月27日 クランクイン
・1954年3月19日 クランクアップ
・1954年4月26日 日本で公開
・1954年8月 ヴェネツィア国際映画祭で上映され、銀獅子賞を受ける
・1956年7月 アメリカで公開
・1960年 アメリカで西部劇『荒野の七人』としてリメイクされる
くわしく 企画のいきさつ
黒澤は『生きる』の撮影中に、本物の時代劇を作りたいと考えた。最初に挙がった『侍の一日』と『日本剣豪列伝』の企画は、いずれも映画にならないとして断念している。
転機は、東宝の本木荘二郎の調査報告にあった。浪人が宿代と食事の代わりに百姓に雇われ、村を守っていたという話である。これが本作の根幹になった。脚本は1952年12月に熱海の旅館で始まり、黒澤、橋本、小国の3人で書き直しを重ねた。
くわしく 撮影の工夫と製作費
製作費は2億1000万円で、当時の普通の作品の約7本分に相当するとウィキペディアは書く。撮影は約1年に及んだ。天候不順、ロケ地探しの難航、黒澤の病気による中断、会社との予算をめぐる対立などが重なったためである。
技法では、複数のカメラで同時に撮るマルチカム撮影が、本作で初めて取り入れられた。合戦や火事は撮り直しがきかないためで、山塞の焼き討ちの場面では8台を使った。望遠レンズも本格的に使い、決戦場面の迫力につなげた。矢が体に刺さる様子を一続きの画面で見せるため、テグスを使う方法も編み出している。
ジョン・フォードの西部劇の影響で、木灰で砂煙を立てた。クライマックスの豪雨の戦いは、晴天と砂煙の西部劇と対比させた発想だとされる。
なぜ今も語られるのか
配給収入は2億6823万円で、同年度の邦画の第3位だった。国内の評価は、公開当初は娯楽映画に冷淡な批評家から軽く扱われた。のちに評価が上がり、キネマ旬報の「日本映画史上のベスト・テン」で1979年、1989年、1999年に1位になった。
海外では、1954年のヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受けた。ロジャー・イーバートのほか、ジョージ・ルーカス、ジョン・ウーといった監督が高く評価している。1960年には『荒野の七人』としてリメイクされ、スター・ウォーズシリーズなど多くの作品に影響を与えたとされる。
評価の分かれる点
版によって内容が違う点に注意がいる。海外輸出用に、黒澤自身が160分に再編集した短縮版があり、国内でも1954年9月12日に短縮版が公開された。アメリカでは1956年に短縮版が公開されている。のちに1975年と1991年に、音響を整えた完全版が公開された。どの版で見たかによって、見た印象が変わることがある。
また、黒澤はハリウッドのリメイクについて、意味がないという趣旨の発言をしたと伝えられる。
くわしく 時代劇の見直し
時代考証には前田青邨らが関わり、従来の時代劇の髷や衣装の形式を見直した。オープンセットは、東宝撮影所の付近と世田谷区大蔵に作られ、ロケは静岡県や神奈川県の箱根などで行った。
黒澤が撮りたかったのは、型どおりの剣豪ものではなく、浪人と百姓が同じ村で戦う姿だったと考えられる。侍の側だけでなく、守られる側の百姓の暮らしまで描いたことが、207分という長さの理由の一つだろう。
配給収入2億6823万円に対して、製作費は2億1000万円とされる。数字だけ見れば、収益の余裕は大きくなかったことになる。
くわしく 公開の形
日本公開は1954年4月26日で、ヴェネツィアでの上映は同年8月25日、フランスでの公開は1955年11月30日、アメリカでの公開は1956年7月と書かれている。国内での短縮版の公開は1954年9月12日で、海外向けの短縮版と同じ160分だったかどうかは、ウィキペディアの記述からは確認できなかった。
くらさんの考察
一年がかりの撮影と、通常作品7本分の費用は、会社にとって大きな賭けだったと考えられる。それが同年度の配給収入の第3位に収まったのは、娯楽として客を集めたことを示す。国内の批評家が当初冷淡だったのに、後年にベスト・テンの1位を重ねたことは、評価の変わり方の一例である。
ジージへの問いかけ
・短縮版と完全版のどちらで先にご覧になりましたか。印象は違いましたか。
・合戦の場面を、当時の映画館で見たときの迫力を覚えていますか。
・のちに『荒野の七人』を見て、元の映画と比べてどう感じましたか。
出典
・ウィキペディア「七人の侍」 https://ja.wikipedia.org/wiki/七人の侍
動画
・『七人の侍』(1954)予告篇 /【東宝名画座】で本編配信中(東宝クラシックス)https://www.youtube.com/watch?v=B-ppwC3DDHE
関連動画
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