No.202新着 生きる(東宝・1952年) 余命を知った課長の物語は、どう書かれ、どこへ渡ったか
『生きる』は東宝創立20周年の記念作品として1952年に公開された、黒澤明監督、志村喬主演の白黒映画である。黒澤、橋本忍、小國英雄の3人が脚本を書き、トルストイの中編が着想の一つとされる。2022年には英国でカズオ・イシグロ脚本のリメイク『Living』が作られ、アカデミー賞2部門の候補になった。ベルリン映画祭での賞の名前だけは、確かめた資料のあいだで食い違う。
本文と出典
あらまし
『生きる』は、1952年10月9日に東宝が公開した白黒映画である。143分。監督は黒澤明、主演は志村喬。東宝創立20周年の記念映画として作られた。
市役所の市民課長が、胃の病気で先が長くないと知る。毎日判を押すだけで過ぎてきた年月を振り返り、残りの時間で何をするかを探しはじめる。物語の筋はこれだけを押さえておけば足りる。この記事では、筋よりも、どう作られ、どう受け止められ、七十年後にどんな形で別の国に渡ったかを、確かめられた範囲で書く。
主なできごと
・1952年2月 脚本が完成(英語版ウィキペディアによる)
・1952年3月 撮影開始。9月中旬に終了
・1952年10月9日 東宝が公開
・1953年 『キネマ旬報』ベスト・テンで日本映画の第1位(第26回)
・1954年 第4回ベルリン国際映画祭に出品され、賞を受ける(賞の名は資料により食い違う。後述)
・2007年 松本幸四郎(当時は九代目)主演で日本のテレビドラマ化
・2022年 英国映画『Living』が公開
・2023年 『Living』がアカデミー賞の主演男優賞と脚色賞の候補になる
くわしく 3人で書いた脚本
脚本は黒澤明、橋本忍、小國英雄の3人の共同である。ウィキペディアによれば、トルストイの中編『イワン・イリッチの死』が着想の一つとされ、題名は初め「渡辺勘治の生涯」といったもので、黒澤が『生きる』に改めたという。
英語版ウィキペディアは、黒澤が最初に考えたのは「死を前にした男が生きる理由を探す」話であり、小國英雄が草稿の組み立てを変えて、主人公の死を作品の途中に置く形にしたと記している。黒澤が小國と組んだのはこの作品が初めてだという。ただし、この組み立ての変更が誰の発案で、どこまで決定的だったかは、確かめた資料の範囲では出典が1か所であり、確かめきれていない。
製作者は本木荘二郎と英語版ウィキペディアにある。撮影は1952年3月14日に始まり、夏の休みをはさんで9月中旬に終わった。
くわしく 主演の志村喬
市民課長の渡辺勘治を演じたのは志村喬である。今回開いた資料には、志村の経歴や、この役の演技への同時代の評を述べたものがなかった。そのため、俳優としての位置づけはここでは書かない。
くわしく 公開時の評価と海外
国内では、第26回『キネマ旬報』ベスト・テンで日本映画の第1位になった。ウィキペディアは毎日映画コンクールの日本映画賞も受けたと書く。
海外では、1954年の第4回ベルリン国際映画祭の本選に出品された。日本語版ウィキペディアの『生きる』の項は「ベルリン市政府特別賞」、英語版の『Ikiru』の項は「Special Prize of the Senate of Berlin」の受賞としている。ところが、同じ映画祭の回の項(日本語版・英語版とも)を開くと、金熊賞は『ホブスンの婿選び』、銀熊賞は『パンと恋と夢』、銅熊賞は『Le défroqué』の3作が並ぶだけで、『生きる』の受賞は書かれていない。また、検索で出てきた別のサイトには、銀熊賞とするもの、ドイツ上院の陪審賞とするものもあった(こちらは本文を開けず、確認していない)。賞の名前は、ここでは断定しない。
英国の『サイト・アンド・サウンド』誌が批評家に行う「史上最高の映画」の投票では、1972年に12位、2012年に127位と英語版ウィキペディアにある。年によって位置は動いている。
なぜ今も語られるのか
この作品が長く語られる理由は、題材が戦後日本の役所という特定の場所に置かれていながら、「残りの時間をどう使うか」という誰にでも当てはまる問いを扱っている点にあると考えられる。公開から70年を経て、別の国の作家がリメイクを望んだという事実が、それを裏づける材料になる。
2020年10月、リメイクの企画が報じられた。監督はオリヴァー・ハーマナス、脚本はカズオ・イシグロ、主演はビル・ナイ、舞台は1952年のロンドンである(映画.com)。イシグロの代理人の事務所のページには、イシグロが原作を長く敬愛していたこと、戦後の日本と戦後の英国に重なる点を見ていたこと、主役はビル・ナイを思い描いて書いたことが載っている。
完成した『Living』は、2022年1月21日にサンダンス映画祭で上映され、英国では同年11月4日に公開された(英語版ウィキペディア)。2023年1月26日に発表されたアカデミー賞の候補は2部門で、ビル・ナイが主演男優賞、イシグロが脚色賞。どちらも受賞には至らなかった。英国アカデミー賞にも、主演男優賞、脚色賞、英国作品賞(Outstanding British Film)の3部門で候補になったが、こちらも受賞はない。
評価の分かれる点
受賞歴の書き方は、資料によって差がある。ベルリンの賞のほか、年のとり方にも揺れがある。英語版ウィキペディアは「1953年のキネマ旬報で最優秀作品」と書き、日本語版は「第26回ベスト・テンで1位」と書く。後者は1952年に公開された作品を選ぶ回で、表彰が1953年に行われたことによる食い違いと考えられるが、この点も別の資料で確認したわけではない。
くらさんの考察
脚本の組み立てを3人で作った点が、この作品の見どころを理解する近道になると考えられる。主人公の死を途中に置くという構成は、死を迎える話をそのまま追うのではなく、残された人々がその人の生き方をどう受け止めるかへ重心を移す。映画を見るときは、この移り目をどこに感じるかを意識すると、作品が何を問うているかが見えやすいはずである。
もう一つ、リメイクがほかの時代・国でも成り立ったことは、役所の仕事ぶりへの批判だけでは説明がつかない。原作を古びさせなかったのは、批判よりも、人が自分の時間をどう使うかという問いのほうだったのではないか、と考えられる。
ジージへの問いかけ
・1952年の公開当時、役所や会社勤めの人たちは、この映画をどんな気持ちで見たと思いますか。
・志村喬のほかに、黒澤作品でこれほど印象に残った俳優はいましたか。
・イシグロ版の『Living』は見ましたか。舞台がロンドンになって、何が変わったと感じましたか。
出典
・ウィキペディア日本語版「生きる (映画)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/生きる_(映画)
・ウィキペディア英語版「Ikiru」 https://en.wikipedia.org/wiki/Ikiru
・ウィキペディア日本語版「第4回ベルリン国際映画祭」 https://ja.wikipedia.org/wiki/第4回ベルリン国際映画祭
・ウィキペディア英語版「4th Berlin International Film Festival」 https://en.wikipedia.org/wiki/4th_Berlin_International_Film_Festival
・ウィキペディア英語版「Living (2022 film)」 https://en.wikipedia.org/wiki/Living_(2022_film)
・映画.com ニュース(2020年10月19日、『生きる』英国リメイクの報道) https://eiga.com/news/20201019/3/
・RCW Literary Agency「Sir Kazuo Ishiguro's adapted screenplay Living nominated for Oscars and BAFTAs 2023」 https://www.rcwlitagency.com/news/sir-kazuo-ishiguro-s-adapted-screenplay-living-nominated-for-oscars-and-baftas-2023
動画
・『生きる』(1952)予告篇 /【東宝名画座】で本編配信中(東宝クラシックス)https://www.youtube.com/watch?v=Ia2vIlzhiJ4
・<予告>『生きるLIVING』【3/31公開】(東宝MOVIEチャンネル)https://www.youtube.com/watch?v=U7t0IMh7kjY
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